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2022.06.22

横田順彌『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』 バンカラ快男児、シベリアの大地を駆ける

 これまで竹書房文庫で復刊されてきた横田順彌の「中村春吉秘境探検記」、最後の長編が登場しました。日露の対決も近づく中、シベリアで生存していることが判明した西郷隆盛を救出するため、バンカラ快男児が決死行に挑む冒険小説であります。

 明治34年、宮内大臣・田中光顕に突然呼び出された中村春吉。田中と対面した春吉は、信じがたい言葉を聞かされることになります。
 西南戦争で命を落としたはずの西郷隆盛がロシアに生存している――それだけでも驚くべき内容であるところに、西郷が今はシベリアに幽閉されていることを知った明治天皇から救出の勅命が下され、その白羽の矢が春吉に立ったというのであります。

 信じがたい話ではありますが、尊敬する西郷の救出、それも明治天皇の勅命によってとあらば、春吉が拒むはずもありません。かくて春吉は勇躍海を渡り、商業視察を名目にシベリアに足を踏み入れることになります。
 原住民との交流、猛獣との対決などの冒険を繰り返しつつ、シベリアを往く春吉。その前に、難攻不落の骸骨監獄・幽霊監獄が立ち塞がり……


 自転車世界一周無銭旅行を繰り広げた実在の快人・中村春吉。押川春浪の天狗倶楽部とも交流が深かった彼を主人公に、横田順彌は「中村春吉秘境探検記」というシリーズを展開してきました。
 これまで竹書房文庫で復刊された短編集『幻綺行』と長編『大聖神』では、海外で知り合った雨宮志保、石峰省吾ら仲間とともに世界を巡る春吉が、様々な怪物や事件に遭遇する姿が描かれましたが、本作は時系列的にはこの二冊の前に位置する物語となります。

 そのために志保と省吾は登場しない――さらにいえば、春吉の代名詞というべき自転車世界一周無銭旅行出発前である――本作ですが、それ以上に最大の特徴は、SF要素のない、純粋な(という言い方が正しいかはわかりませんが)冒険小説という点でしょう。
 先に触れたとおり、世界中で春吉が遭遇する様々な怪物との戦いや事件を描いた前二作ですが、その背景には必ずSF的要素が織り込まれておりました。それに対して本作はそうした要素はなく、西郷隆盛生存説という伝奇的アイディアこそあるものの、あとはひたすらに現実の枠内での冒険が描かれるのです。
(これは初出のレーベルが、懐かしの光栄歴史キャラクターノベルズであるためかもしれません)

 というとスケールが小さいように見えるかもしれませんが、さにあらず。現実といっても、あくまでもこの世ならぬものが登場しないということであって、盗賊団との対決あり、二度に渡る牢獄破りあり、猛獣との交流あり(ネコかわいいよネコ)と、春吉の桁外れの暴れっぷりが存分に堪能できるのですから。
 その暴れっぷりたるや、押川春浪の海底軍艦シリーズで、やはりロシアに幽閉された西郷隆盛を救出するために、獅子をお供に大暴れした蛮勇侠客・段原剣東次を彷彿とさせるものがあります。(というよりそのオマージュであろうとは思いますが……)

 何はともあれ、SF的という縛り抜きの方が、春吉の冒険は純粋に楽しめるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、実在の人物であるにもかかわらず、春吉という主人公が、史実・伝奇・空想科学の枠などお構いなしに暴れまわるポテンシャルの持ち主であることは間違いないでしょう。

 残念ながら本シリーズは本作でもって結果として終了した形となりますが、横田順彌の明治SF長編でまだ復刊されていない

がゲスト出演している『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』もぜひ復刊していただきたいものです(後者には春吉とは一字違いの探検家・中村直吉も登場するので――というのは強引ですが)。


 ちなみに本書は本編のほか、エッセイ「中村春吉波瀾の人生」、ショート・ショート/短篇5篇(うち未収録4篇)を併録。エッセイ以外は本編と全く関係ないボーナストラックではありますが、作者の熱烈なファンにはありがたいプレゼントでしょう。

 そしてもう一つ、このシリーズといえば、新刊なのに古本にしか見えないその凝りに凝った(凝りすぎた)装丁ですが、今回は全く普通――と思いきや、意外な(?)ところでそれっぽさを出しているのに脱帽です。(『幻綺行』でも施されている仕掛けではありますが……)


『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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