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2022.06.28

真じろう『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第1巻 大陸を駆けるプロフェッショナル見参

 最近は武侠ものという言葉もだいぶ人口に膾炙したように思いますが、本作もその武侠ものに属する作品であります。架空の中華風世界を舞台に、亡国の皇子と、彼を運ぶ「鏢局」の面々の戦いを描く武侠ファンタジー漫画です。

 剣と拳が物を言う戦乱の時代――その中で、大国・ジャンの第三皇子として、平和に暮らしてきたセツカ。彼は、小国・レンの人質としてやってきた皇子・スイレンが兄たちから虐められているのを助け、友として過ごすことになります。
 しかしその二年後、スイレンの計によってレンの軍はジャンの軍をほんの一度の合戦で滅ぼし、王都は瞬く間に占領されることになります。兄たちをはじめ王族たちが皆殺しにされる中、セツカのみはスイレンに見逃され、脱出を許されるのでした。

 しかしスイレンの約束は正規の兵に対してのみ、王都を脱出しようとするセツカ目指して、賞金稼ぎや傭兵たちが襲いかかります。唯一の味方であった武術の師・カレンに命を救われながらも、彼女も無惨な最期を遂げ、セツカが絶体絶命の危機に陥った時――そこに駆けつけたのは、カレンから依頼を受けていた運び屋・花乱鏢局!

 飛剣術の達人であるコクヨウと三人の仲間たちに助けられ、「荷物」として運ばれることとなったセツカ。しかし一行の前には、次々と強敵たちが立ち塞がることに……


 武侠もの独自の用語、事物にも色々とありますが、その中でも日本人にとっては特に物珍しく感じられ、また一種の大陸らしさを感じさせるのは「鏢局」という存在ではないでしょうか。

 鏢局というのは、簡単にいえば運送業兼警備業(時に保険業も)というべき者たち――金品や人間を護送・護衛して旅を行い、途中襲いかかる盗賊などの危険から「荷物」を守るという稼業であります。
 当然ながら武力だけでなく信用、さらには財力も必要とされる稼業であり、鏢局の長といえば一廉の人物の扱い――というのが武侠ものでは定番といえるでしょう。

 史実では清代に最も発達したとのことですが、長距離に渡り危険な旅を行う達人たちというのは、いかにも大陸的なスケールと豪快さを感じさせます。江湖を舞台に繰り広げられる活劇のガジェットとしては、なかなかに個性的かつ魅力的な存在といえるでしょう。

 そして、逆にいえば鏢局が出てくれば武侠的――というのは乱暴に過ぎるかもしれませんが、架空(たぶん)の中華風世界を舞台にした本作において、この鏢局の存在が、他の中華風アクションものと一線を画したものを感じさせるのもまた事実であります。

 本作で主人公を助ける花乱鏢局は、剣仙(武術の達人)揃いの鏢局――まさしく剣仙鏢局。
 総鏢頭の五剣風暴のコクヨウ、細身の美女ながら二丁斧を自在に操る断怪斧のキリン、大槍と矢を跳ね返す硬気功の使い手の大男・神槍剛手のハクライ、齢十二ながら飛剣の使い手の竜酔侠女のシュン――いずれも「らしい」プロフェッショナル揃いであります。

 しかし彼らが真にプロフェッショナルであるのは、その腕前だけによるものではありません。己の稼業に誇りを抱き、自らに課した掟を守るという、江湖の好漢ならば当然の振る舞いはもちろんのこと、何よりも「荷物」――すなわちセツカを単に目的地に連れていくだけでなく、彼の想いを重んじ、その心意気に応えんとする(そしてそのためであれば己の身命を賭す)点にこそ、彼らのプロフェッショナルたる所以があると感じます。

 この巻の後半には、スイレンの命に敢えて背いてもセツカの命を狙う武人・コウゼン将軍にシュンが囚われ、セツカが己の命を賭けて彼女を救おうとするエピソードがあります。
 この展開の中心がセツカであることは言うまでもありませんが、しかしシュンを見捨てないというセツカの想いに応えようとするコクヨウの姿に込められているのはそんなプロフェッショナルの心意気であり、血腥い物語の中に爽快なものすら感じさせます。


 個人的には、二つ名は漢字で人名がカタカナというのに違和感があったり、できれば史実ベースでやってほしかった(というのは難しいのは理解しているのですが)という思いはありますが、それでもなお、鏢局という武侠ならではの存在を用いてドラマを構成してみせる本作には、大きな魅力を感じているところです。

(『武林クロスロード』とは違い、広い読者層にリーチしそうな内容でもあり――というのは全くもって蛇足ですが)


『剣仙ヒョウ局 ケンセンヒョウキョク』第1巻(真じろう&深見真 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon

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