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2022.06.16

宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』 事件の中に浮かぶ「美」と「現実」の相剋

 明治時代末期に実在した耽美派の芸術家たちの集い「パンの会」。この会合を舞台に、木下杢太郎を始めとする芸術家たちが様々な怪事件を語り合い、謎解きに頭を悩ますという趣向の連作ミステリであります。この謎を解くのは誰か、そして謎の先にあるものは……

 明治41年、医学か芸術かに迷いながらも、友人たちと芸術活動に勤しむ木下杢太郎。彼は北原白秋、吉井勇、石井柏亭、山本鼎、森田恒友ら、詩人・歌人・洋画家といった面々で、ベルリンの芸術家運動の名にちなんだ「パン(牧神)の会」を結成することになります。
 隅田川をパリのセーヌ川に見立て、川沿いの洋食店「第一やまと」で第一回の会合を開いた木下たち。その宴席で、杢太郎はかつて森鴎外から聞いた奇妙な事件のことを語るのでした。

 当時、団子坂で盛んに行われていた菊人形展で、混雑していたにもかかわらず、いつの間にか乃木将軍の菊人形に日本刀が突き立てられていたというこの事件。鴎外が関係者たちから話を聞いて回ったにもかかわらず、謎のままだったこの事件の謎解きに頭を悩ます一同ですが、そこで店の給仕・あやのが口を開くのでした。
 彼女が語る事件の真相とは……


 という第一回「菊人形遺聞」から始まる全六回の本作。これは既にあちこちで紹介されていることでもあり、何よりも作者がこの回の解説で明言していることなので書いてしまえば、本作はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を範に取った作品であります。
 様々なバックグラウンドの紳士たちが集まる会合で謎解きが行われ、彼らでは解けなかった謎を、横で話を聞いていた給仕が鮮やかに解決する――そんな一種の安楽椅子探偵もののスタイルを、本作は踏襲しているのです。

 以降、本作で描かれるのは……
 磯部忠一を語り手に、印刷局に勤める男・武富とその妻、そして二人の幼馴染の三人が浅草を訪れ、男二人で上った浅草十二階から、武富が謎めいた転落死を遂げた真相を解き明かす第二回「浅草十二階の眺め」
 栗山茂を語り手に、彼がさる華族で外交官の邸を訪問した晩にそこで起きた、生まれたばかりの子供が無残な姿で発見された事件を描く第三回「さる華族の屋敷にて」
 山本鼎を語り手に、数年前の東京勧業博覧会を友人と訪れた彼が台湾館の喫茶室で遭遇した、銃殺事件の犯人の奇妙な行動を描く第四回「観覧車とイルミネーション」
 石川啄木を語り手に、日露戦争終結の頃に鳴るはずのない時刻にニコライ堂の鐘が鳴り、人死があったという事件を与謝野晶子が追う第五回「ニコライ堂の鐘」
 森鴎外が遭遇した陸軍士官学校の校長自決と、士官学校生や教官が見た奇怪な夢、そして北原白秋と吉井勇が四谷の細民窟で出会った少女の怪死事件が交錯する最終回「未来からの鳥」

 密室ものあり、猟奇殺人あり、日常の謎的内容ありと、語られる内容も様々であれば、語り手や探偵役(調査役)も様々かつ実在、そして背景に描かれる風物や出来事も全て史実通りと、実にバラエティに富んだ、そしてこの時代が好きな人間であればたまらない内容となっています。


 しかし本作の真に見事な点は、ミステリとしてのみで終わるのではなく――というよりもミステリという形式を十二分に活かしつつも――そこからさらに「美」というものの在り方、そして杢太郎自身の美に対する葛藤を描くところにあると感じます。

 実のところ、本作で描かれる事件はそのほとんどにおいて、直接的間接的に「美」に関わるものといえます。
 しかし先に述べたとおり、この時代の風物や出来事に関わる事件の内容が、当時の社会の「現実」を描いたものであるとすれば――それは「美」とは、杢太郎たちのパンの会が求める「美」とは対極にあるといえるでしょう。そう、パンの会は、美のための美を求める耽美派の集まりなのですから。
 「現実」の中で起きる「美」に関わる事件――そこに生じるのは必然的に両者の相剋であるといえます。そしてそれは同時に、両者の間で揺れる杢太郎の姿に重ね合わされることになるのです。さらにその構図が、ある意味本作最大の謎であるあやのの正体(仰天かつ納得!)を結びつく時――本作は、杢太郎の物語は一つの結末を迎えるのです。

 ミステリというよりも、それを一種の手段として「美」を、その周囲にある「現実」――人間の姿、社会の姿と、その相剋を描く本作。
 その手法には、些か難解な部分もあるのも事実ですが――しかしその点を含めて、いやその点こそが逆に本作をして見事にこの時代の「現実」を浮き彫りにした時代ミステリとして成立させているとも感じられるのです。


『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』(宮内悠介 幻冬舎) Amazon

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