柳広司『ゴーストタウン 冥界のホームズ』 ホームズとワトスン、死後の「冒険」と「帰還」!?
シャーロック・ホームズのパスティーシュは無数にありますが、本作はその中でも相当異彩を放つ作品でしょう。なんとライヘンバッハの滝で本当に死んでいたホームズが、ワトスンとともに冥界のロンドンで死者の謎を解くというのですから! さらにあの男も現れ、はたして物語はどこに向かうのか……
ホームズが宿敵モリアーティ教授とライヘンバッハの滝に姿を消した後のある日、目覚めたワトスンは、自分がベーカー街221Bにいると知ったばかりか、死んだはずのホームズと対面することになります。
しかしそのホームズはなんと骸骨姿、そればかりか自分自身も犬の姿に変わっていることに気付くワトスン。ホームズによればここは死者の街、冥界のロンドン――ここでは死者たちが、生前自分をどう見ていたか、周囲からどう思われていたかによって、姿が変わるというのです。
肉体は、頭脳と捜査に使う手足さえあればいいとばかりに、骸骨になったことをむしろ喜び、この死者の街でも探偵を続けているというホームズ。はたして彼のもとには、豚女や首なし紳士、火焔人間など、異形の死者たちがひっきりなしに訪れ、生前抱えていた謎の解明を依頼してくるのでした。
この街でホームズが出会ったという「バリツ」の達人・カトー(姿は猫)とともに、ホームズの助手を務めることとなったワトスンですが、しかし彼もまた、何故自分が死んだのかという大きな謎を抱えている状態。
さらに、これまでホームズが謎を解決した依頼者たちに奇怪な異変が起きていることを知ったホームズとワトスンですが――その前に現れたのは、不気味な姿に変じた、あのモリアーティ教授だったのであります
恐るべき力を振るうモリアーティから辛うじて逃れ、大英博物館に逃げ込んだ二人。しかしそこで、この街にいるはずのない人物に出会うことに……
これまで、ホームズパスティーシュとしては『吾輩はシャーロック・ホームズである』を、さらに名作そのものの謎を(一種メタフィクション的に)解く物語としては『贋作『坊っちゃん』殺人事件』、『虎と月』といった作品を発表している作者。本作は実に、その両方の系譜を継ぐ作品にあるということができるでしょう。
そう、本作はあくまでもパロディではなく、あくまでも聖典の隙間を埋める語られざる事件であり、そして同時に、「最後の事件」から「空き家の冒険」までの新たな解釈として――さらにはもう一つ、聖典の『○○○○○』に隠された驚くべき秘密までも解き明かす物語なのであります。
それにしても、冥界の死者の街という舞台で、聖典と連結してみせる――それも「ホームズ亡き後」という後日譚で終わらず(死後のホームズを描く作品は本作が初ではなかったかと思います)、そこからホームズを復活させてみせるというのは、まさしく豪腕としか言いようがありません。
それだけでなく、モリアーティの著作として知られる『小惑星の力学』の恐るべき内容や彼の犯罪組織の正体、そして何よりもあの人物の驚くべき謎まで――聖典のそこを拾うか、というレベルまで踏み込んで描くスタイルは、まさしく伝奇ものというべきでしょう。
聖典というもう一つの「現実」を、イマジネーションによって新たに解釈してみせた物語として……
元々がアニメ企画だったという性質ゆえか、ミステリとしては少々もの足りない部分は正直なところ否めない内容ではあります(むしろ機転や推理で窮地を切り抜けるイメージ)。また、もう一人の助手であるカトー――ご丁寧に目の周りに仮面のような模様がある猫――が有能すぎるのも、気になるところではあります。
しかし、作中の出来事と、ある史実の関係性を巧みに用いた上で、物語の力を、そして物語の不滅性をこの上ないほど讃えることでもたらされる大団円は、個人的には極めて好ましいものに感じられます。
(まさに「理性」を上回る「愛」の存在を描いたものとしても……)
ミステリという性質上、そしてそのあまりに伝奇ものとして限界突破した内容上、詳しい内容に触れるのは難しいのですが、一見、外連の極地のようでいて、ホームズファンであればあるほど楽しめる――そして感動させられる作品であることは間違いありません。
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