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2022.07.29

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第1巻 彼女たち二人の冒険の始まり

 英国内で起きた事件のあらゆる証拠物品を収蔵しているという黒博物館。その博物館の収蔵品にまつわる奇譚を描く伝奇活劇の第三弾であります。今回の主人公の一人はかのメアリー・シェリー――学芸員すら知らぬ赤い靴の来歴を知る彼女は何を語るのか? 「怪物」を巡る物語が始まります。

 ある日、黒博物館を訪れ、学芸員に歓待される女性。彼女の名はメアリー・シェリー――『フランケンシュタイン――あるいは現代のプロメテウス』の作者として知られる人物であります。
 その彼女が見学に来たのは、ヴィクトリア女王が開催した舞踏会で起きたという、ある事件の現場に残されていた、片方だけの赤い靴――何が起きたのか学芸員も、誰も知らないと言われるその事件の真実を、メアリーは語り始めるのでした。

 ある日突然、不仲だった亡夫の実家に呼び出されたメアリー。そこで彼女は近衛歩兵の連隊長から、巨額の報酬とともに、ある依頼をされることになります。それは蘇った死体――それも女性を、舞踏会に出られるよう教育すること。
 しかしあくまでも彼女にとっての「怪物」は、小説の中の存在。実物として眼の前に現れた「怪物」に、強い恐怖と嫌悪感を隠せないメアリーでしたが……


 フィクション上の存在ながら、既に確たる存在感を持つ「フランケンシュタインの怪物」。その「怪物」は、原典を離れて様々なフィクションで活躍すると同時に、時に原典そのものも、一つの「史実」として他の作品に取り入れられる場合すらあります。
 一方本作は、あくまでも『フランケンシュタイン』はフィクションなのですが――その作者であるメアリー・シェリーが、「怪物」と出会ってしまうという、なんとも楽しい(?)趣向の物語であります。

 さて、本作のユニークな点はその他にもありますが、その最たるものはやはり登場する「怪物」が女性という点でしょう。
 何しろ基本設定からして、ヴィクトリア女王を狙って英国に上陸した暗殺者集団「7人の姉妹」の一人の死体を、死体蘇生の研究を続けてきた科学者が『フランケンシュタイン』よろしく復活――そしてその死体を逆に女王の護衛役に使ってしまおうというのですからとんでもありません。

 しかしその死体には首がなかったことから、事故で死んだ村娘のそれを繋いだというのですから、さらに大変。生前の戦闘術はおろか、人間としての常識すら怪しそうな彼女を、淑女として教育するというのですから、メアリーでなくとも途方に暮れそうなものです。


 それにしてもこのシチュエーションは、ある意味「じゃじゃ馬ならし」的――そして作中の男たちはまさにそれを期待しているのですが――ではあります。しかしメアリーはその命令に、素直に従うとは思えません。
 何故ならば、彼女はそんな男たちだらけの社会で、懸命に生きてきた一人の女性だからであり――そして彼女もまた、自分自身を「怪物」と見做し、見做されてきたのですから。

 死体から生まれ、創造主の周囲に死をばら撒いてきたフランケンシュタインの怪物。一方、母は自分を産んで死に、夫の前妻の死で夫と結ばれ、子供を亡くし、夫を亡くし、それでも生き続けるメアリーもまた、自分も同じ「怪物」だと思い続けてきたのであります。
 そしてもう一つ、当時の男性社会から見れば――現代からすれば到底認めがたい価値観ですが――別の意味で彼女は「怪物」と呼ばれてきたことが、作中で語られることになります。

 そんな二重の意味で「怪物」とされてきた彼女が、もう一人の「怪物」と出会った時に何が起こるのか――それは二人が「人間」として再生する過程ではないかと予感させられます。
 「彼女」にエルシィと名付け、時に自分たちを「怪物」と呼ぶ男に断固として抗議してみせるメアリー。彼女はそんな自分の行動にはまだ自覚的ではないようですが――しかしその先にあるものには、想像しただけで胸躍るものがあります。

 内容的には序章という印象ですが、二人の向かう先が気になる――いや二人を応援したくてたまらなくなる、そんな冒険の物語の始まりであります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第1巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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