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2022.07.14

山田正紀『開城賭博』(その一)

 山田正紀が2018年から2021年にかけて「小説宝石」と「ジャーロ」に発表した作品、プラス書き下ろしで構成された、歴史・時代テーマの作品を収録した短編集であります。いずれも作者らしいユニークでトリッキー、そして時にどこかウェットな作品が収録された一冊です。

 これまで数々の異彩を放つ作品を発表してきた山田正紀には、歴史・時代小説も少なくありません。本書はその中でも最新の短編を収録した作品集であります。時代も内容もバラエティに富んだ本書の収録作品六編を、一つずつ紹介いたします。


「開城賭博」
 勝海舟の葬儀を取材する中で、参列者に尋常でない気迫の人物を見つけ、取材することとなった新聞記者。かつて賭場の用心棒だったというその人物は、慶応四年三月、勝海舟と西郷隆盛の会談に同席したというのです。

 江戸城の明け渡し、武装解除、家臣の移動、そして徳川慶喜の処遇――それが決定される重要な会談の数日前に、一人の博徒を探していた勝。かつて南海の孤島に島流しにされたというその男は、そこである人物にチンチロリンを教えた過去があったのです。
 そして運命の日、談合が行き詰まった中で、勝は西郷に「ここは一つ、チンチロリンで決めることにしねいかい」と言い出し……

 表題作の本作は、幕末史のハイライトというべき江戸城無血開城秘話ともいうべき物語。これまでも様々な作家によって描かれてきた江戸城無血開城は、勝と西郷という大人物二人の心が通じ合った結果、成し遂げられたというお話が定番ですが――考えてみればそう簡単にいくはずがありません。

 本作で描かれているとおり、西郷はあくまでも代表であり、彼の思惑一つで、これまで新政府が取りまとめてきた方針を簡単に撤回できるはずもないのですから。であるとすれば――というところでタイトルの状況となるわけですが、ここでの賭博は、気ままなサイコロの運に賭けるのではなく、人の想いに賭けていたというのが、本作の巧みな点です。

 それがもたらした結末は――これまでも巨大な存在と対峙するヒューマニズム(人間の想い、一個人の意気地と言ってもよいでしょう)を様々な形で描いてきた作者らしい、爽やかな後味の一編です。


「ミコライ事件」
 関東軍参謀本部のI・K中佐から、日本軍に敵対する奉天軍閥のT将軍の乗る列車爆破を命じられた旅順の特務機関員。しかし悪名高い張作霖爆殺事件の後、再び関東軍が列車を爆破したと知られるわけにはいきません。
 密かに列車に爆薬を仕掛け、工作者の不在証明に留意して痕跡を残さず、さらにソ連特務機関の仕業に見せかけるという無理難題。これに対し、T将軍がロシアのピアノ曲好きなのを利用し、ミコライなる亡命貴族を仕立て上げてT将軍に接近させる「ミコライ作戦」を特務機関員は考案するのですが……

 『崑崙遊撃隊』や『機神兵団』など、作者の作品でも印象的な舞台となってきた戦前の大陸で展開する本作は、これも作者が幾度も描いてきた謀略ものの空気が漂う物語です。
 張作霖爆殺事件を背景に、I・K中佐(あの人物だろうなあ……)から不可能ミッションの達成を無茶振りされた主人公が、いかにしてこれを達成するか――と頭を悩ませることになりますが、いざ作戦がスタートしても油断できないのもお約束であります。

 どんでん返しの果てに待ち受けていたオチは――そう来たか、と唖然とさせられます。


「防諜事件」
 長崎造船所で戦艦武蔵が建造される中、防諜調査に当たる二名の専門家。任務の終わりが近付いた頃、海軍工廠造兵部でゼロ戦エンジンの設計図が入った手提げ金庫の盗難事件が発生することになります。
 犯人は、R公使館の秘書官の恋人であるエリスに関わりがあると睨んだ二人は、彼女の監視に当たるのですが……

 冒頭に森鴎外『舞姫』、吉村昭『戦艦武蔵』、松本清張『張込み』の三作品の名が挙げられる本作は、本書の中でも際立って重い設定と物語が描かれる一編。武蔵建造中の厳戒態勢下の長崎で黙々と活動する防諜専門家の姿は、あの時代の一つの象徴に思えます。

 内容的には金庫盗難事件の犯人の行方が謎となるわけですが、しかし中心になるのは、専門家の一人がエリスに寄せる想いの存在。この時代の申し子のような男と、この時代に身の置きどころのない女と――決して交錯しない二人の姿が重い後味を残します。


 残りの作品は次回紹介いたします。

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