« 加部鈴子『本能寺の敵 キリサク手裏剣』 少女忍者の手裏剣が本当に切り裂いたもの | トップページ | 堀内厚徳『この剣が月を斬る』第3巻 総司が斬ったもの、宗次郎が取り返したもの »

2022.07.03

岩渕竜子『月の子供は夜踊る』 失われた「性」が語る自分自身であるということ

 十五歳になると「性」を失う民「月読」の姿を、月読だった婚約者を追いかける青年の目と、月読自身の目を通じて描く、不思議な大正ファンタジーであります。月読とは何者なのか、婚約者はどこに消えたのか。月読と「性」の関係とは……

 大企業社長の次男で医学部に通う東郷晴臣は、婚約者だった子爵令嬢・黒川やまとから突然婚約を解消され、子爵家の人々も姿を消したことを知ります。親の決めた婚約とはいえ、やまとと心が通じ合っていたと信じる晴臣は、彼女を探し出そうと誓うのでした。

 そしてやまとが姿を消す前に読んでいた雑誌に、夜になると瞳が虹色に光る子どもたち――月読にまつわる記事を見つけた晴臣。やまとも同じ瞳を持っていたことを思い出した晴臣は、記事を書いた記者・柏木の元に押しかけ、月読のことを訊くのでした。
 瞳が虹色に光るようになると「性」を失い、恋をすることで再び「性」を得るという月読。その身は高く売れるために密猟者に狙われる一方、保護するための施設も存在すると知った晴臣は、やまとが入ったと思われる保護施設を探すことになります。

 一方、保護施設――月読たちが集められる学園に入学したやまとは、そこで様々な月読と元月読の姿を目の当たりにすることに……


 このように本作は、「月読」と呼ばれる人々を巡って、月読の存在とその謎をいわば外側から追っていく晴臣サイドと、内側――月読自身の目から描くやまとサイドの、二つの側面から描かれることになります。

 月読たちがどこに保護されているかを目撃情報から推理し、また、元月読だった人々の足跡を追っていくという展開となる晴臣の側の物語は、一種ミステリタッチの物語が独特の緊迫感を生み出します。
 一方、月読の学園に入ったやまとが目の当たりにする周囲の人々のドラマは、同級生や学園の職員(全員が学園の卒業生)が抱える複雑な――そして同時に純粋な想いを描く、特殊なロマンスというべき物語が展開されることになります。

 そしてこうしたドラマを生み出す原動力となるのは、月読の生態――15歳になると「性」が失われ、19歳になるまでに恋をすることで再び「性」を得る(ただし、同じ「性」を得るとは限らない)――であることは言うまでもありません。
 元々の「性」を取り戻した者だけではなく、「性」を取り戻したものの、元々の性や己の望んだ性になれなかった者、あるいは「性」を失ったまま生涯を終える者――そこにあるのは、「性」を失ったとしても(いやそれだからこそ)、「性」に縛られ、翻弄される人々の姿なのです。

(ちなみに学園で恋をして「性」を得たとしても、学園で知り合った人との再会は禁止される――すなわち決して結ばれることはありません。このルールの存在が、また切ないドラマを生み出すことに……)

 そして、「性」に縛られ、翻弄されるのは、月読だけではありません。例えば、月読を追う最中に晴臣が出会った少女・銀は、親に遊郭に売られるという運命から逃れるために月読になる――「女性」を捨てることを望みます。
 そして次男である晴臣自身も、父親から長男のスペアとみなされ、ある意味銀同様に「いらない子」として扱われてきたのであります。

 それを思えば、本作で描かれるのは、「性」であると同時に、自分が自分であること、自分らしく生きることであるとも言えるのでしょう。
 そして、その「自分」が「性」と密接に結びついていることこそが、そもそもの悩みの根源であることを、本作は痛烈に描き出しているのですが――しかしそれを乗り越える可能性もまたあることを、本作は描いて終わることになります。


 実のところをいえば、晴臣とやまとの物語がある意味始まりを迎えたところで、本作は終わりを迎えることになります。その点は、やはり残念に感じるところではあります。
 しかし上に述べた可能性の存在を示したことで、本作は同時に二人の結末を描いたと考えることもできるのかもしれません。

 「性」とは何か、「自分」とは何か、そして「人間」とは何か――そんなことを考えるよすがとなる佳品です。


 なお本作は大正9年が舞台。この年に設定されているのは、日本では平塚らいてうや市川房枝の新婦人協会が発足し、アメリカでは女性参政権が認められた年だから――と考えてしまうのは、これはやはり牽強付会でしょうか。


『月の子供は夜踊る』(岩渕竜子 小学館ビッグコミックス) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 加部鈴子『本能寺の敵 キリサク手裏剣』 少女忍者の手裏剣が本当に切り裂いたもの | トップページ | 堀内厚徳『この剣が月を斬る』第3巻 総司が斬ったもの、宗次郎が取り返したもの »