東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第3巻 前代未聞の牢破り作戦、その手段は!?
明治初期、創設間もない警視庁に対して、人助けのためにあの手この手でちょっかいをかける元八丁堀同心・千羽兵四郎らの姿を描く漫画版『警視庁草紙』も第三巻、エピソードも三つ目であります。思わぬことから、小伝馬町の牢破りをすることになった兵四郎ですが、その手段とははたして……
これまで二度に渡って警視庁に追われる人々を助け、警視庁の鼻を明かしてきた元八丁堀同心の千羽兵四郎と仲間たち。その彼に恋人の柳橋芸者・お蝶が頼み込んできたのは、警視庁の地獄(私娼)摘発で捕らえられた友人たちの救出で……
という発端の第三章「人も獣も天地の虫」が一冊丸々展開するこの第三巻。元幕臣娘だったものが、御一新をきっかけに芸者となり、己の腕一本で食っている(そして兵四郎を食わしている)お蝶ですが、しかし彼女のようなケースは希少と言えます。
困窮極まった家族のために私娼となった旗本や御家人の娘たち――お蝶の友人にも、何人もいたそんな女性たちが、地獄狩りで捕らえられてしまったのであります。
しかも彼女たちが収監されたのは、あの小伝馬町の牢屋敷――お蝶が兵四郎に頼んできたのは、そこから娘たちを密かに連れ出す、つまりは牢破りだったのです。
が、これが大難事であることは言うまでもありません。徳川三百年の間、様々な悪党が収監されたにもかかわらず、一度も牢破りされなかったと言われる牢屋敷――それを破ろうというのですから。
それでもお蝶の願いと剣幕には敵わず、引き受けてしまった兵四郎ですが、最後の頼みは、青木弥太郎――明治の今は寄席・五林亭の席亭(経営者)に収まっている人物であります。
元々は歴とした旗本であったものの、水戸天狗党(『魔群の通過』!)の武田耕雲斎の一族と自称し、尽忠報国のためと称して町家から金を奪うという御用盗をはじめ、数限りない悪事を働いた弥太郎。そんないかにも山風好みの怪人・妖人に、嫌々知恵を借りに行く兵四郎ですが……
しかしこの弥太郎、あの警視庁を向こうに回して不敵に笑う兵四郎が「おっかな過ぎる」と評する人物。果たしてその理由はと思っていたら――兵四郎の前に現れた全身に刺青入れた大入道、確かに滅茶苦茶おっかな過ぎる!
顔を見ているだけで怖すぎる弥太郎ですが、しかし兵四郎に意外にも徳川の禄を食んだ侍として協力を約束するのですが――しかしその方法というのが、地獄狩りの急先鋒である松岡警部を相手の美人局。さすがに兵四郎も苦い顔ですが、他に手はなく、いよいよ作戦を実行に移すことに……
というわけで、前代未聞の牢破り作戦の顛末が描かれるこの第三巻。原作と比較すると、これまでのエピソードに比べて、構成的にはあまり大きなアレンジはないように感じられますが――原作では表向きは落ち着いた風情のある人物だった弥太郎が凄いことになっていたり、松岡警部の俗物化がかなり進んでいたりと、ある意味漫画的なアレンジとなっているのは、よくも悪くも印象に残るところではあります。
しかしその松岡警部が美人局にハマっていく様を、露骨ではなく、あのある意味有名な浮世絵のパロディで描くのは面白い描写ですし――江藤新平に対する新政府の冷徹な処遇を見た加治木の葛藤、お蝶が語る静岡に行った幕臣たちのその後など、原作にない部分を補う描写も印象に残ります。
また個人的には、ほとんど「地の文」を使わず、登場人物のセリフなどで描く手法――たとえば弥太郎の過去を、三遊亭圓朝に語らせるなど――も印象に残ります。
これは第一巻の時点から書いていることですが、原作をきっちりと踏まえつつも、今の読者にアピールするために必要と考えられるアレンジ、演出は投入していくという本作の手法には、大いに好感が持てます。
さて、物語の方は、土壇場に来て小伝馬町で兵四郎たちが警視庁の面々に追い詰められることとなりますが――そこで兵四郎が切った切り札とはなにか。この巻のラストの時点ではそれははっきりとは見えないのですが、この後に爆発する展開の凄まじさは原作でも印象的だっただけに、それをどのように描いてくれるのか、期待は高まります。
(ちなみにこの巻ラストのエピソードの扉ページは、兵四郎と斎藤一を描いているのですが、そのデザインが実に格好良い。特に斎藤一ファンは必見であります)
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