出口真人『前田慶次かぶき旅』第10巻 新たなる豪傑 黒田の「虎」!
いよいよ単行本も二桁の大台に乗りましたが、まだまだ意気軒昂に旅を続ける前田慶次と仲間たち。思わぬ悲劇で終わった薩摩編ですが、新たな舞台となるのは筑前――そこで慶次は黒田の「虎」と出会うこととなります。新たな豪傑との出会いは、慶次に何をもたらすのか……
徳川配下の武田忍軍に誘拐された島津義久の主治医。島津にとって重大な過去の秘密を知るこの人物の救出に向かった夕月らとともに、忍びたちと激闘を繰り広げた慶次一行ですが、夕月が慶次を庇って命を落とすことに……
という悲劇で幕を下ろすこととなった徳川の陰謀との戦い。しかしそれで一件落着となったわけではありません。島津家の秘事を知ったのは、慶次たちも同じ――その口封じをしようと、薩摩側が動き出したのであります。
それでも慶次は全く動じずに、ある場所に向かいます。それは夕霧の墓――なるほど己の命惜しさに、自分を愛し自分のために命を落とした女性を弔わずに逃げたとしたら、それはいくさ人として失格と言うべきでしょう。
そしていくさ人はいくさ人を知る――そんな慶次のために、同じ藩士と刀を交えることも辞さない薩摩隼人の覚悟をも描いて、薩摩編は幕を下ろすことになります。
さて、思わぬ成り行きで薩摩を離れることとなった慶次ですが、彼が次に目指すのは筑前――かつて島原でキリシタンの財宝百万両を賭けた丁半勝負を繰り広げた相手である、黒田如水の治める地であります。(ちなみに如水がいまだにその時のことを滅茶苦茶引きずっているのが実に可笑しい)
ここでの慶次の目的は「虎」に会うこと。そう、黒田家の精鋭二十四騎の中でも、そのまた選ばれた八人・黒田八虎――その中でも黒田家にその人ありと知られた豪傑、後藤又兵衛に!
慶次とは十歳以上年齢は離れているものの、考えてみれば同じ戦国のいくさ人として、これまで登場しなかったのが不思議なくらいの人物である後藤又兵衛。本作における又兵衛は、大猪を槍一本で仕留め、肩に乗せて軽々と担いでくるという初登場シーンを飾ることになります。
(もっとも、本作のいくさ人たちの中では、これくらい誰でもできて当然、というレベルではありますが……)
さらにこの巻ではもう一人の虎として、同じく八虎の一人・母里太兵衛が登場。又兵衛が比較的思慮深そうな風貌であるのに対して、太兵衛の方はいかにもな怪物ぶりというのも面白いですが――太兵衛といえばこれ、というべき名槍・日本号を呑み取ったエピソードもきっちりと描かれるのも、嬉しいところであります。
と、個人的には大好きな戦国武将である又兵衛の登場に一人でテンションが上がる展開ですが、冷静に考えると、又兵衛だ太兵衛だ日本号だと言われて、今の読者がどれだけ喜ぶのかはわかりません。
それでも、いやそれだからこそ、今の時代にこうして彼らの姿を描くことは、大きな意味があるのではないかと感じます。以前から本作は現代の講談的な味わいがあると述べてきましたが、まさにここで描かれているのは、講談の豪傑たちの復活なのですから。
もっともこの巻では又兵衛たちはまだまだ顔見せといったところで、ストーリーが動き出すのはこれから、といったところ。この先彼らの大暴れを、どのように現代に甦らせてくれるのか――今から楽しみでならないのです。
(ちなみに次巻では黒田長政も登場とのこと。本作でどのような役回りになるか、何となく予想できますが……)
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