さいとうちほ『輝夜伝』第10巻 深まる謎 天女たちの「糸」と「母」
単行本も10巻を数えましたが、天女にまつわる物語もまだまだ謎が深まります。月に帰らずとも済むように思われたかぐやの身に起きた奇怪な現象と、眠りから覚めたかのように姿を現す月詠の母の影。数々の異変がさらなる謎を呼び、天女たちと男たちを悩ませることになります。
自分に狙いを定め、我が物にせんと迫る治天に対し、自分の母を連れてくることを条件に示した月詠。一方、かぐやは帝の子を懐妊し、月に帰る運命から逃れたかに思われたのですが――宿下がりした先で月詠が見つけた氷室の氷を口にしたかぐやの身に、一時的に月詠が宿ることになります。
この地上にも月にもいないと語る月詠の母の魂(?)の出現により、さらに謎が増えた感のある本作ですが、この巻の冒頭では、さらに混迷は深まることになります。懐妊して体調を崩したかぐや――彼女の体から、何と無数の糸が現れたのであります。
どんどんと数を増し、やがて繭のようにかぐやの身を取り巻き始めた糸。月の繭とでも評したくなるその正体を知るのは、意外にもというべきか、治天でした。
一方、一度目覚めた月詠の母の魂は、その形見の数珠に宿ったのか、以来、幾度も月詠の身に宿って現れるようになります。しかし現れて何をするかといえば、娘の体で男たちを誘惑して……
ようやく天女が月に帰らずとも済む方法がわかったにもかかわらず、新たな謎と難題が生まれることとなったこの第10巻。特に月詠の母については前巻でその姿の一端が示されていたものの、「糸」については、全く不意打ちを受けた印象すらあります。
言うまでもなく「竹取物語」をモチーフとした本作ですが、これまで天女の生態(?)もまた、そのモチーフを踏まえて描かれていたといえます。それが何故、「糸」という、天女とおよそ関係があると思えないものが――と思いきや、その疑問には、一つの答えが示されることになります。しかも、こちらの「天女」だったか! と納得させられる答えが……
しかし「糸」も大事ですが、ある意味それ以上に大事なのは月詠の母でしょう。今ではその正体どころか、一体どういう状態なのかすら不明な彼女ですが、月詠に憑いてまずしたことが、月詠の兄たる竹速の誘惑なのですから凄まじい。
言うまでもなく月詠と竹速は、相思相愛。しかしその月詠――自分の娘に憑いて、竹速を誘惑しようとは、これは何たる破倫の所業でしょうか。そしてその後も、大神や凄王だけでなく、都の滝口たちにも妖しい視線を向けるのですから、その所業を何と評すべきでしょうか。
考えてみれば「竹取物語」のかぐやは、その魅力でもって周囲の男たちを惹き寄せ、狂わせる存在でした。それがもしその力を意識的に用いたとすれば――月詠の母は、あり得たかもしれないかぐやの姿なのかもしれません。
そして天女の側で事態の中心にいるのが月詠の母だとすれば、人間の側で事態中心にいるのが、治天であります。それでは、その二人が出会った時、何が起こるのか? その意外な答えを描いて、この巻は終わります。
そこに描かれたものが真実であるとすれば、また物語の様相は大きく変わることになりますが――普段傲岸な治天の目に浮かんだものを思えば、それはやはり紛れもなく真実なのでしょう。
はたして物語の行き着く先はどこなのか、見えているようで見えないもどかしさがある――しかしだからこそ本作が面白いことは間違いありません。
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