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2022.07.30

木下昌輝『孤剣の涯て』(その一) 五霊鬼の呪いを追え 武蔵と鬼左京再び

 大坂の陣を背景に、家康にかけられた「五霊鬼の呪い」を巡り、宮本武蔵が呪詛者を追う姿を描く、剣豪ものにして時代伝奇もの、そしてそれ以上の奥行きを持った作品――作者の一つの集大成ともいうべき物語であります。武蔵を、様々な人々の運命を狂わせる「呪い」の正体とは……

 家康からの圧力がいよいよ強まり、一触即発の状態となった徳川家と豊臣家。その矢先、水野勝成のもとに、京で「五霊鬼の呪い」の生首が発見されたという報が入ります。
 数十年前、水野家の正室・於満が松平清康に行った五霊鬼の呪い――村正の妖し刀で人の首を断ち、眼球に呪う相手の諱を彫りって左右入れ替えてはめこめば、呪われた相手は二年以内に死ぬという呪詛。家康の祖父・清康、嫡男の信康が犠牲になったというその呪いが、今度は家康に仕掛けられたのです。

 先祖からの因縁で呪いの存在を知り、誰がこの呪いを仕掛けたのか、秘密裏に追うこととなった勝成。しかし大坂攻め直前の時期、探索に割ける余分な人員などいない状況で、勝成はかつて自分と縁があった宮本武蔵に白羽の矢を立てるのでした。

 一方、その武蔵は既に己の剣が時代にそぐわなくなったと悩む中で、唯一円明流を託せると信じた愛弟子・佐野久遠を、二年前に武者修行に送り出したのですが――その久遠が京で何者かに斬られて死んだという報せが入り、絶望の只中にありました。
 しかし水野家家老・中川志摩之助から、久遠が五霊鬼の呪いに巻き込まれて死んだ可能性があると聞かされた武蔵は、復仇の念に燃え、呪詛者探しを引き受けるのでした。

 そして志摩之助の息子・三木之助を案内役に、村正の妖し刀を求めて大坂城の豊臣方の陣に潜入する武蔵。しかしなかなか調べの成果が上がらぬ中、武蔵はついに始まった徳川方との合戦に出陣することになります。
 その最中、黒ずくめの南蛮甲冑に身を包む奇怪な武将と対峙することとなった武蔵は、相手が妖し刀を持つことを知ります。その武将の名は、鬼左京――かつての名を宇喜多左京亮、今は坂崎出羽守を名乗る男で……

 天下人を狙う奇怪な(そして因縁に満ちた)呪詛の存在と、それを追うことになった武蔵の前に立ち塞がる強敵の数々との戦いを描く本作。その波乱万丈ぶりは、上で紹介した部分までで第一章に過ぎないということから推して測るべしでしょう。
 はたして本当に左京が呪詛者なのか。久遠は何故死ななければならなかったのか。大坂の陣と並行して調べを進める武蔵ですが、思わぬ裏切りに遭い、水野家からも追われる身に。さらに新たな呪い首が発見されたことから、呪詛者の候補には意外な人物が挙がることになります。

 誰が敵で誰が味方かまったくわからぬ、混沌とした状況のまま武蔵の苦闘は続き、再び始まった戦い――大坂夏の陣の最中に一つのクライマックスを迎える物語。しかしそこで武蔵は真の呪いの存在を知ることに……


 と、様々な要素が盛り込まれた本作ですが、作者のファンとしてまず注目すべきは、物語の中心となる二人のキャラクターの存在でしょう。一人は言うまでもなく宮本武蔵、そしてもう一人はその前に幾度となく立ちはだかる鬼左京こと坂崎出羽守であります。
 というのも実はこの二人、それぞれ作者の先行する作品で、主人公あるいは極めて印象的な役割を果たしているのですから。

 まず武蔵が登場するのは『敵の名は、宮本武蔵』――タイトルの通り、武蔵を敵とした者の視点から描かれた、ユニークな連作です。ユニークなのはそれだけでなく、武蔵のキャラクター造形なのですが、それは後述するとして――本作の武蔵の設定は(作中で冒頭にほんのわずか言及される父に関する描写を鑑みるに)、この『敵の名は』を引き継いでいるものと考えて良さそうです。

 一方、武蔵以上にはっきりと過去の作品の延長線上にあるのが左京です。宇喜多秀家を主人公とした『宇喜多の楽土』――その中で、彼は、秀家の従兄弟にしてライバルとして、彼の強烈な存在感を放ちました。
 父・直家に似ぬ好漢として描かれた秀家と対照的に、むしろ直家の闇をこちらが受け継いだのでは、と感じさせる暴君いや怪物として左京は描かれたのですが――その過去も含めて、本作の左京は、明確に『宇喜多の楽土』の左京であるといえます。

 いわば本作は『敵の名は、宮本武蔵』と『宇喜多の楽土』いやそれに加えてその前作の『宇喜多の捨て嫁』のキャラクターが再び登場し、集結した作品といえます。
 しかし、本作をして作者の一つの集大成と呼ぶのは、その点のみを以てではありません。それは――長くなりますので次回に続きます。


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