安達智『あおのたつき』第9巻 「山田浅右衛門」という存在の業
冥土の吉原は薄神白狐社で迷える魂を導く元花魁・あおの奮闘を描く『あおのたつき』第9巻は、以前からゲストとして登場していた山田浅右衛門吉睦と鬼助を描く「鬼の男」編が展開。山田家の家紋が入った太刀で凶行を繰り返す男の正体は、そして浅右衛門たちの過去とは……
冥土の会所から、現世の吉原を騒がす「廓七不思議」の解明を頼まれ、鬼助とともに不承不承調べに当たったあお。存外大したものはなかった不思議の数々ですが、最後の一つで辻斬りの現場に行き当たった二人は、何とか凶行を阻止することに成功します。
しかし下手人が持つ山田家の家紋入りの太刀と、何よりもその下手人の顔を見た鬼助は、血相を変えて吉睦にある人物の名を告げるのでした。
その人物の名は、清五郎――かつて望まれて盛岡藩藩士の家から山田家に養子に入り、吉睦の後継者と目されていた男。しかしその実は、幼い頃に吉睦に拾われて山田家で育った鬼助を無宿人の子として陰でいじめ抜き、そしてある出来事がきっかけでその器に非ずと、吉睦から勘当された過去を持つ人物だったのです。
しかし鬼助がまだ幼い頃に勘当されたはずの清五郎の顔を、何故鬼助は覚えていたのか。そして清五郎が何故山田家家伝の宝刀を手にしていたのか――鬼助の口から秘められた過去が語られる一方、薄神白狐社では意外な事態が発生することに……
単行本第二巻から登場し、それ以来ゲストとして時折顔を見せていた山田浅右衛門吉睦と鬼助。吉睦は公儀の御試御用を務めた山田浅右衛門の五代目であり実在の人物、鬼助はその吉睦に可愛がられた忠僕という設定ですが、その主従の中は大変微笑ましく――特に鬼助は(見かけの上は幼い)あおと対等にやり合う貴重なキャラとして存在感を発揮してきました。
しかし薄神白狐社に出入りしているということは二人共亡者、特に天寿を全うした吉睦はともかく、明らかに年若くして冥土に来た鬼助には、何がしかの理由があると思ってきましたが、それがこの巻で描かれることになります。
そこで語られるのは、かつて吉睦の養子でありつつもその心得違いを咎められて放逐された清五郎という男の存在――周囲と鬼助の前で裏表の顔を使い分け、そして命ある者・あった者への敬意なき者として、これまで本作に登場した中でも結構上位に入るような下衆であります。
しかしその清五郎の存在は、言ってみれば山田浅右衛門という存在と表裏一体といえるかもしれません。
生者・死者を問わず人斬りを家業とし、そしてさらにその死体をも用いて薬を作る――江戸に様々な職業ある中でも随一に奇妙で忌まわしく、そして決して替えの効かない存在である山田浅右衛門。その実像については巻末の解説で詳しく触れられていますが、フィクションの世界に於いても、特にその平穏であろうはずのない心中が、しばしば語られてきました。
このエピソードの根幹にあるのは、そんな「山田浅右衛門」という存在の業――それと向き合ってきた者と、それを軽視し理解しようともしない者、そしてその姿を見つめてきた者、その三者のせめぎ合いであるクライマックスは、どこか仮面劇の趣すら感じさせるものがありました。
が、細かいことを言ってしまえば三人とも吉原にとっては部外者であるわけで、吉原に現れる理由、吉原に惹き寄せられる理由はあるわけですが、ちょっと座りの悪さを感じないでもなかった――というのが正直なところではあります。
もちろん、事態を収めるためにあおと楽丸がそれぞれに動く姿は本作ならではのものでしたし、鬼助が吉睦に与えられた「もの」の正体とそれが明かされるくだりなど、実に良いのですが……
さて、この「鬼の男」の物語はこの巻で終わったようですが、しかし思わぬ引きが描かれ、それを受けて次巻からは「あの面々」が再登場して賑やかな展開になる様子。これはなかなか気になる展開であります。
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