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2022.08.08

松井優征『逃げ上手の若君』第7巻 京での出会い 逃げ上手の軍神!?

 いよいよ運命の刻が目前まで迫った『逃げ上手の若君』、その刻を前に一旦京に向かいは、様々な人物と出会った時行と逃者党は、ついにこの時代最大の英傑、軍神と呼ばれるあの人物と出会うことになります。そして宿敵・足利尊氏との対決の機会を得た時行が見たものは――いよいよ歴史が動きます。

 蜂起を目前に、諏訪に迫る足利の隠密・天狗衆。その目から姿を隠すため、時行と逃者党は、折りよく諏訪に現れた時行の叔父・泰時とともに、京に向かうことになります。
 そこで泰時がある計画を進める一方で、京見物をしていた時行たちは、思わぬ成り行きで佐々木道誉の娘・魅摩と知り合うことに……

 というわけで京に来て早々に、間接的とはいえ超大物に関わることとなった時行。しかしこの道誉、顔に影がかかっていて素顔が見えないのは初登場時の漫画的演出かと思いきや、腹黒すぎて表情が読めない演出だった――というのが面白い。面白いですが、物語と時行に本格的に絡むのはまだ先のようです。

 しかしここで、さらなる――というより最大級の大物が、ついに登場することになります。泰時たちの目論む帝暗殺(!)が失敗した際の逃走経路確認のため、京を探索していた時行たちの前に現れた、妙にキョトキョトと卑屈な挙動の、あからさまに胡散臭いおじさん。しかし時行のみは、それが非常に高度な逃げのための予備動作であると見抜いたのであります。
 同時におじさんの方も時行が只者ではないと見抜き、自ら名乗ります。楠木正成と……

 楠木正成! これまで鎌倉幕府を倒した武将の中では、足利尊氏がメインで登場、新田義貞も顔を出していましたが(そしてこの巻では別のものを出すことに……)、正成のみは登場人物の台詞で言及されるのみで、姿を見せることはありませんでした。
 もっとも正成は鎌倉を攻めることなく、千早城などで戦っていたわけで、その意味では時行との直接の因縁はなかったわけですが――それがここで二人が対面することになるとは!

 そして自分の正体が露見する危険を犯しつつも、正成に弱者が勝者に勝つ秘訣を問う時行と、そんな彼にある予感を抱きつつも、その正体を詮索することなく、ただ一人彼のみを屋敷に招く正成。そして正成が手ずから伝授した、その法とは……
 それはこの時点では、あまり具体的な内容に見えるかもしれません。しかしこれまである意味本能的に逃げてきた時行にとって、正成の教えは、逃げというものに対して一つの理念的枠組みを与えた――そのように思えます。


 しかし、その教えを吟味する間もなく、時行と逃者党に、大きな転機が訪れます。正成邸を辞去する際、偶然耳に入った、数日後に尊氏が正成邸を訪れるという情報――それは尊氏を暗殺する、千載一遇の好機にほかなりません。
 奇しくも泰時の帝暗殺計画とほぼ同じタイミングとなった時行たちの尊氏暗殺計画。その結果は――それはまあ、言うまでもないでしょう。しかしここで描かれるものは、暗殺計画を粉砕する尊氏の肉体的な強さだけでなく、彼の持つ精神の異形性というべきものであります。

 時行と対面した尊氏が見せる、意外な、いや異常とすらいえるような態度。それは尊氏がこれまで見せてきた中でも最も彼の異形さを感じさせるものであり――実は精神を別人に乗っ取られているオチかと思ってしまったほど――そしてそれこそが、この先、時行を打倒尊氏に向かわせる原動力となるのではないか。そう感じさせられるものであります。


 そして様々な出会いを経て、諏訪に戻った時行と逃者党。それはまさに逃げるような帰還ではありますが、しかし京での経験は、彼らを大きくレベルアップさせたといえるでしょう。そしてその成長の度合いが試されるのが、目前に迫る鎌倉攻めであります。

 そしてこの巻のラストで、ついに時行と諏訪勢の進軍が始まることになります。そう、これこそが「中先代の乱」の始まり――それは同時に、この物語のクライマックスの始まりを意味することになります。
 この先はもう、ひたすら盛り上がるしかない――期待しかありません。


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