田中芳樹『白銀騎士団』 差別と偏見は許さない騎士の輝ける冒険
二十世紀初頭のイギリス、怪物退治で名を馳せる白銀騎士団――ちょっと頼りないけど差別と偏見は許さない若き英国貴族と従者の中国人&インド人従者、そして勝気なアイルランド人のメイドの四人が、怪奇な事件に挑む冒険活劇であります。白銀騎士団の銀の銃弾が貫くものは……
一月の間に六回もモレー家の所有地に出現し、小作人やその家族を十五人も殺傷した怪物――子牛のように大きく、狼によく似た姿の黒毛の化物の退治の依頼を受けたジョセフ・アーネスト・フィッツシモンズ準男爵。
白銀騎士団――ジョセフと、彼の従者にして武術の達人である中国人の李とインド人のゴーシュは、早速その晩、モレー家で奇怪な怪物と対峙することになります。
しかしこれまで幾多の怪物を打ち破ってきたフィッツシモンズ家特製の銀の銃弾が通用しない謎の怪物。無敵とも思えるこの怪物の正体ははたして……
という約40ページのエピソード「白銀騎士団のささやかな冒険」を、いわばアバンタイトル的に収録した本作。この部分は短編ではありますが、その中にはシリーズの基本設定が詰まっています。
白銀騎士団を率いるフィッツシモンズ家の当主ながら、美人に滅茶苦茶弱く、金も威厳もない――しかしどこの国のどんな民族だろうと、偏見や差別感情を持たないという美点を持つジョセフと、そんな主人に呆れ、容赦なくツッコミを入れつつもお守りする従者二人。
本作はこの三人と――このエピソードでは会話に登場するのみですが――祖国愛旺盛なアイルランド娘のメイド・アニーの白銀騎士団の面々が展開する、賑やかな物語なのです。
そしてそれに続くいわば本編部分では、グレゴリー・ケントなる貴族から白銀騎士団が受けた依頼を巡る事件が描かれることになります。
南アフリカでのボーア戦争に参加し、ボーア人の幽霊に悩まされていると語るケント。自分と家族の生命を狙う者から守り、相手を捕らえて欲しいと依頼してきたケントですが、ジョセフはその傲岸不遜な態度と、何よりも人種差別な言動に憤り、一度は依頼を断ろうとすら考えるのでした。
それでも従者たちの入れ知恵で依頼料を釣り上げ、250ポンドという破格の手付金をせしめたジョセフ。しかし具体的なことは一切教えず、屋敷に近寄らせようとしないケントに、ジョセフたちの疑念は募ります。
南アフリカ時代のケントの行動を調べるため、ボーア戦争に従軍記者として参加していた下院議員ウィンストン・チャーチルから情報を得ようとするジョセフですが、あっさりはぐらかされて収穫はゼロ。
さらに「ナイルの王者」なる品を求め、李とゴーシュの二人と互角の戦闘力を持つ謎の怪人がジョセフの屋敷を襲撃します。その後に残されていたのは、鰐の鱗めいた奇怪な皮膚で……
そんな本作における最大の魅力は、やはりジョセフと彼の使用人たちのキャラクター――というかコミニュケーションの楽しさでしょう。
人間的には何とも頼りなくも、使用人をはじめとして、他者に対する公正な視点を持つジョセフ。そんな彼を「甲斐性のない主人だが、心の財布には金貨が詰まっている」と評し、容赦なく接しながらも彼を敬愛し、支える使用人たち。
そんな彼らの姿は、当時の英国としては例外的――というよりむしろ異常ですらある関係かもしれません。しかし差別と偏見に塗れ、自分たちこそが優等な存在と称して恥じない本作の悪人たちと対峙する時、白銀騎士団は、まさにその名にふさわしい輝きを放つと感じます。
ただ正直に申し上げれば、悪人たちが今ひとつインパクトに欠ける――というよりその行動に具体性が感じにくい(結構その場の行動が多い)ため、白銀騎士団との対決が今ひとつ盛り上がりにくいのも事実。
そして何よりも、(これは内容の核心に踏み込んでしまうので詳細は伏せますが)本作が白銀騎士団の実質最初の事件として、相応しい内容であったか、というとちょっと首を傾げてしまうところなのですが……
白銀騎士団の面々が魅力的なキャラクターであるだけに、この辺りは勿体なく感じた次第です。
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