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2022.08.13

戸部新十郎『日本剣豪譚 戦国編』 剣豪列伝にして剣法・兵法という「芸道」の発展史

 様々な剣豪・剣法を描く作品の名手が、戦国時代の実在の剣豪たちの姿たちを通じて剣法・兵法の成立を描く短編集であります。兵法はいかにして成立したのか、そしてその兵法を通じて、いかにして剣豪たちは、激動の時代を生きたのか……

 実在・虚構を問わず様々な剣豪の操る秘剣を描く「秘剣」シリーズをはじめとして、様々な剣豪もの/剣法ものを描いてきた作者。その中でも本作は、各時代を生きた実在の剣豪たちの姿を、列伝形式で描いたシリーズの第一弾であります。

 さて、剣豪列伝の始まりが戦国ということは、言い換えれば、剣豪の登場が――いや彼らが用いる剣法の誕生が、この時代であったことにほかなりません。
 その点について、作者は巻頭の「塚原卜伝」の冒頭で、興味深い論を記しています。少々長くなりますが、引用してみましょう。

「兵法が一個の独立した、
〈芸道〉
となったのは、そんなに古いことではない。室町末期から織豊期にかけてのことである。
(中略)
 その芸道としての兵法の発達ということは、
 一、理論や体系の確立
 二、それらの研究、ならびに弘布伝播しようという運動
 である」

 つまりここで描かれる兵法とは、強者個人が体得し用いる闘争術ではなく、内部に一つの理論体系を有し、それをさらに洗練し多くの人々に広く伝えていくことを志向した「芸道」である――これは必ずしも本書独自の視点ではないかもしれませんが、しかし引用の部分は剣法/兵法の一つの本質を語るに、簡明かつ正鵠を射るものと感じられます。


 さて、そのようなスタンスで描かれる本書で描かれるのは、以下の面々です。
 塚原卜伝〈新当流〉
 上泉伊勢守信綱〈新陰流〉
 富田勢源〈中条流〉
 根岸兎角〈微塵流〉
 柳生三代〈柳生新陰流〉
 伊東一刀斎景久〈一刀流〉
 小野次郎右衛門忠明〈一刀流〉
 東郷肥前守重位〈示現流〉
 宮本武蔵〈二天一流〉

 塚原卜伝と上泉伊勢守という、まさに上記に定義された「兵法」を成立させた二人の太祖から始まり、その後に続く面々も、文字通り一流を成した巨人ばかりであります。
 本書は、その各話において、小説と史伝とエッセイと――そのそれぞれを織り交ぜたようなスタイルで、これら剣豪たちの姿を浮き彫りにしていくことになります。


 ――が、剣豪ファンであるほど、この顔ぶれの中に疑問を抱く箇所があるのではないでしょうか。四番目の根岸兎角が、明らかに格落ち、というより例外なのではないか、と。
 なるほど根岸兎角といえば、諸岡一羽に他の二人の弟子とともに師事しながら、師が病で倒れるや見捨てて逐電、自分で一流を打ち立てた末に、これを恨んだ兄弟子に破れて江戸を逐われた人物。実力から言ってもその所業からしても、何よりも本書でいえばその剣豪史上の位置づけからも、名を連ねていることに違和感は否めません。

 しかし兎角のような生き方も、この時代の剣豪の一典型――つまり、この時代を生きるために剣豪(と呼ぶには様々なものが足りない男)が選んだ道の、一つのサンプルといえるのではないかと感じます。
 実はこのエピソードの冒頭では、兎角が一羽の前に斎藤伝鬼房に弟子入りしていたと、おそらく本作オリジナルの設定で語られています。天狗めいた派手な衣装で評判を集めた末に、決闘で破った相手の弟子たちに襲撃され横死した伝鬼房もまた、この時代の剣豪の一典型であることを思えば、伝鬼房と兎角を繋げることに意味があるといえます。

 そして兎角以前に語られた三人が、いずれも折り目正しい出自であったのに対し、兎角以降の面々が(もちろん柳生のような例外はあるものの)、出自がはっきりしない人々であることもまた、興味深く感じられます。
 ある程度の地位にあるものが(一種の余技として)「理論や体系の確立」を行い、それがより下の身分(という表現は適切ではないとは思いますが)のたつきの道として広がっていく――それもまさに、「芸道」の広がる道筋と感じられます。


 剣豪列伝としての内容の面白さはもちろんのこと、剣法・兵法という「芸道」の発展史として、内容豊かな一冊であります。


『日本剣豪譚 戦国編』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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