重野なおき『雑兵めし物語』第1巻 食うために戦い、戦うために食う者の物語
戦国四コマの第一人者というべき作者の作品は、これまで様々な形で歴史に名を残した戦国武将たちを描いてきました。しかし新登場の本作で描かれるのは、タイトルのとおり雑兵――歴史の陰で生きた雑兵たちの姿を、しかも食生活を通じて描くユニークな作品の始まりです。
天文十七年(1548年)、武田晴信と小笠原長時の間で繰り広げられた塩尻峠の戦い――この戦いで小笠原側について負けた上、落ち武者狩りで追いかけられた雑兵の作兵衛と豆助は、腹も減ってフラフラの状態で山中を彷徨うことになります。
運良く落ち武者の死骸から芋がら縄を手に入れ、鍋で縄を煮て即席の味噌汁をこしらえた作兵衛。と、そこに現れたのは、武田軍に家族を皆殺しにされた武家の姫・つる――腹を減らしたつるに味噌汁を振る舞った作兵衛は、行くあてのないつるを、成り行きから家に住まわせることに……
という導入から始まる本作。主人公の作兵衛はプロの雑兵というべきでしょうか――普段は家のある農村で日々を送りながらも、戦が起きればどちらかの陣に加わり、そこで報償と飯のために戦うという牢人であります。
しかし本作のさらに、そして何よりもユニークなのは、作兵衛が大の料理好きという点であることは間違いありません。食べることだけでなく、作ることにも同様の、いやそれ以上の熱意を見せる――本作はそんな作兵衛が、行く先々で、ほとんどあり合わせのもので飯を作る姿を描く、一種のグルメ漫画でもあります。
干し飯、あつめ汁、豆味噌握り飯、納豆、ニラ雑炊、ほうとう――旨そうなものもありそうでないものもあり、しかし戦国ならではの食べ物の数々には、大いに興味をそそられます。
もっとも彼の料理スキルは自分の楽しみ(?)のためであって、それで人助けをするとか事件を解決するということは基本的にありません。そう、あくまでも作兵衛はその日暮らしの牢人――天下国家の動静とは全く無縁で、立身出世にも特に興味がない、本当にただの人間に過ぎないのです。
しかしそんなキャラクターが主人公でも本作が滅法面白いのは、四コマギャグとしての楽しさはもちろんのこと、それ以上に歴史ものとしての視点の巧みさに依ります。
本作の雑兵に関する描写の多くは、江戸時代に書かれた「雑兵物語」――雑兵たちの功名談、失敗談などの形を借りて描かれた一種の兵法書――に依るものかと思われますが、それが実に新鮮に感じられます。
それこそ教科書にも載っているような戦国武将たちの事績ではなく、そうした歴史から見えないところで、確かに彼らを支えていた雑兵たちにまつわる知識は未知の世界のものに感じられます。
たとえば作中で何度か言及される、「兵士は三日分は持参した食料で食いつなぎ、四日目以降は軍から配給される」という制度(?)など、これまでフィクションの世界ではほとんど目にしたことがなかったように思われます。
(そしてもちろん、その知識が、物語にきっちりと絡められているのが実にいいのですが……)
そしてもう一点、本作ならではの面白さは、雑兵から見た武将の怪物ぶりでしょう。この巻の中盤では、小笠原方の村井城を舞台とした戦い(滅茶苦茶渋いというか何というか……)が描かれますが、ここで登場する武田方の将は馬場信春。
よりにもよって、という感じですが、『信長の忍び』ではその最期が描かれた馬場信春の全盛期の姿は、まさしく怪物というほかなく――そんな相手を向こうに回して何とか生き延びようとする作兵衛の奮闘ぶりも、また本作ならではの面白さと言うべきでしょう。
さて、そんなこんなで何度も死ぬような目に遭いながら、今日も生き延びた作兵衛ですが、しかし彼の暮らしにも、つるという存在が登場したことから、大きな変化を迎えていく姿が、描かれることになります。
今日明日の飯の事だけを考えて生きる雑兵の物語から、この先どのような物語が描かれるのか。そんな点も気になる作品であります。
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