重野なおき『信長の忍び』第19巻 伊賀と村重と本願寺と
『信長の忍び』も、運命の天正十年まであとわずか――この巻では天正七年から八年にかけて起きた三つの戦・出来事が描かれることとなります。第一次天正伊賀の乱、有岡城落城、そして石山合戦の終結――信長の天下統一が近づく中、千鳥が見るものは?
天正六年、織田信雄が伊賀攻略の足がかりとするために丸山城の修築を行ったこと、それに対して伊賀の住人たちが丸山城を焼いたことにより険悪な状況となった織田と伊賀。その調停の使者として故郷を訪れることとなった千鳥と助蔵ですが、まさにその最中に、信雄が無断で伊賀攻めを開始して……
という最悪のタイミングでついに始まった天正伊賀の乱。本作においてはほとんど最終兵器扱いだった千鳥ですが、その彼女の出身である伊賀の忍びたちが只者であるはずがない――というわけで、この巻の冒頭では、忍者漫画ばりに(?)伊賀最強の面々が暴れまわることになります。
その名も「忍術上手十一人」! 城戸弥左衛門、新堂小太郎、下柘植ノ木猿・小猿、甲山太郎四郎・太郎左衛門、山田八右衛門、上野ノ左、神戸ノ小南、楯岡道順、大炊孫太夫――いずれも得意の技を秘めた達人たちであります。
正直なところ、この面々は一部を除いて名前と顔が出るくらいかなと思いきや、一話使って(そしてもちろんきっちり四コマギャグとしてオチをつけつつ)その技を見せてくれたのは嬉しい驚き。話の流れ的に、今回千鳥と助蔵は伊賀から脱出するのがやっとで、合戦には加わっていないのですが、この先のこの十一人との対決が楽しみになります。
と思いつつも、合戦後に信長に対して伊賀の忍びたちを評して「この者たちを野放しにしていては危険だと!!」と言い切る千鳥には、相変わらず迷いがなさすぎて、少々、いやかなり引いてしまうのですが……(まあ前巻の時点で「師匠だろうと故郷だろうと迷わず斬ります!」と言い切ってはいるのですが)
さて、続いて描かれるのは、最近ちょっとメジャーになった感もある荒木村重の有岡城落城の顛末。織田の重臣であり、本願寺攻めでも重要な位置を占めていた村重の謀反は、信長にも大きな衝撃を与えたわけですが――その村重が、包囲されていた有岡城から一人脱出したことが、事態を大きく変えることになります。
流石に籠城中の城から城主が一人で脱出するというのは前代未聞ですが、もちろん村重の側にも毛利の援兵を請うというそれなりの理由がある話。しかしだからといって、それが有岡城に残る者たちにどのような影響を与えるか、火を見るより明らかでしょう。
かくて有岡城は内応により開城、村重の妻子と一族郎党は皆殺しにされることに――という、四コマギャグで描くにはあまりに重い展開を、ここでは村重の室・だしの姿を中心に描くことになります。
その一方で村重については、本作らしい茶器マニアとしての姿を描きつつ、それが一転して取り返しのつかない悔恨に繋がっていく描写には納得させられました。
(俗説ではありますが)後に茶人となった時に名乗ったと言われる、あの号に繋がる言葉の描き方も納得であります。(千鳥がボロクソに言ったりするのではなくてよかった……)
そしてこの巻の後半で描かれるのは、本願寺顕如との間に長きに渡って繰り広げられた石山合戦の終結であります。
といってもここしばらくは膠着状況にあった戦線ですが、しかし本願寺側はもはや孤立無援に近い状況にありました。そのせいか、この戦いの終結も、織田側よりも、本願寺側を主体に描かれることになります。そしてその中でも特に印象的だったのは、顕如の子・教如の妻であった三位殿の姿でしょうか。
朝倉義景の娘であり、その朝倉家を裏切り滅ぼした者たちの復讐のために暗躍してきた三位殿。その姿は、本作では珍しい陰険な陰謀家のヒロインという印象でしたが、その依って立つ力だった本願寺が一つの終わりを迎えることをきっかけに、彼女のある種の変化が描かれることになります。
そしてそれが結果として本願寺を救う――という展開も巧みで、ある種の美しさを感じさせる結末であったと感じます。
むしろ信長サイドで印象に残るのはその後の佐久間信盛の追放ではないかと思いますが、その後の大量追放と合わせて、信長の高転びの原因に――ということには今のところは直接なりそうもありません。
この巻の描写で見れば、有岡城落城の顛末も含めて、光秀の被害妄想からくるノイローゼがきっかけということになりそうな印象ですが――その辺りが今後どのように展開していくのか、いささか気がかりではあります。
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