堀川アサコ『伯爵と成金 帝都マユズミ探偵研究所』 昭和ノワールの不穏な世界に正義は貫けるか
昭和初期を舞台に、思わぬことから犯罪に巻き込まれた成金の放蕩息子と、恵まれた立場から探偵研究所を営む伯爵家の次男坊のコンビが市井で起きる様々な事件に挑む、どこか奇妙で不穏な味わいの連作であります。彼らの前に幾度となく現れる、犯罪者ばかりを惨殺する「黒影法師」の正体とは……
昭和六年、顔を赤いペンキで塗られ、射殺された姿で発見された強欲な成金の牧野求助。その三男であり放蕩の末に家を飛び出していた心太郎は、父の死に久々に家に帰ってきたものの、父殺しの濡れ衣を着せられ、警察に捕らえられるのでした。
そして留置場で出会った実家の元奉公人から、父がかつて幼い長男を虐待の末に命を奪ったことを聞かされる心太郎。その後釈放された心太郎は、自分にかけられた疑いを晴らすため、無料で探偵をするという伯爵家の次男坊・黛望のもとを訪れます。
しかしその後さらに眼前で殺人事件が起き、一層窮地に陥る心太郎。唯一の理解者である次兄に助けられ、身を隠す心太郎ですが……
この第一話「むざんの事なり」で黛に助けられた心太郎が、その縁で住み込みの助手となり、黛とともに様々な事件・騒動に巻き込まれる姿を描く本作。
心太郎の恋人(というか彼がヒモとなっていた相手)の逸子が姿を消し、男爵である彼女の父から相談を受けて行方を探す二人が、彼女の元恋人が次々と命を落としていることを知る「死神令嬢」
文通相手の少女から、自分と姉が継母に命を狙われているという手紙を受け取ったという男から相談を受け、少女のもとに調査に向かった心太郎が、次々と明らかになる意外な真実に翻弄される「文通ガール」
黛の学友である浦川と結婚した心太郎の女友達が、夫から与えられたという市松人形を預けに来たのをきっかけに、ある企てを巡らせる浦川と謎の一団との暗闘に、二人が巻き込まれる「ゲシュペンシュテル」
この全四話で本作は構成されますが、それとともに、いわば物語の縦糸として語られるのが、「黒影法師」なる殺人者の存在です。
法で裁かれなかった悪人・犯罪者を殺害し、顔に赤いペンキで塗った上で晒し者にする――一種の劇場型犯罪者であるこの「黒影法師」の「影」は物語の随所に現れ、やがて二人の行く先に大きな影響を与えるのです。
そんな本作全体に漂うのは、どこか不穏で不透明、不健全な空気であります。もちろん、舞台となるのが昭和六、七年と、いよいよ「暗い時代」に突入していく頃だけに、それは一見当然に感じられるかもしれません。
しかし本作はそうした歴史上の事象への積極的な言及は控えつつも――そして作中のかなりの割合でセレブな世界を舞台にしつつも、そんな社会の表裏に存在するドロドロとしたもの、時に「雰囲気」でしか描けないようなものを、巧みに浮かび上がらせます。
主人公コンビは(というか心太郎は)、そんな不穏な雰囲気の中をもがきながら進み、事件に何とか真実の光を照らそうとするのですが――しかしそれにも限りがあり、幾度となく苦闘する姿が本作では描かれるのです。
そんな本作の空気は、私にとっては作者の『月夜彦』に通じるものがあると感じられました。一見華やかな世界の陰に存在する、途方もなくドロドロとした、危険で不気味なものの存在を、しかし同時に必然的にこの世に在るべくものとして、どこか淡々と、時にユーモラスに描く物語として。
してみると本作は――物語の設定や内容的には一見そう感じられなくとも――昭和ノワールというべき作品なのかもしれません。
そしてもう一つ本作で印象に残るのは、本作で黛が開業しているのが、探偵社ではなく「探偵研究所」である点ですが、その理由は、作中で明確に黛の口から語られています。
「ここは探偵社ではなく、研究所です。ご依頼を受けても、お金は受け取りませんよ。」
「そもそも華族とは、かの伊藤博文公が、市民の規範となる階級として拵えたもの。世にご奉公するのが、われわれの義務です。」と。
これは一見実にヒロイックで、かつ本作の独自性を示す言葉として印象的なのですが――本作は同時に、それがヴィジランティズムと紙一重であることをある存在との対比で示して、本作は結末を迎えることになります。
その先、黛は、そして心太郎は、このノワールな世界において、自分たちの正義を貫くことができるのか。いまだ大きな謎と不穏な疑問が残るところでもあり、この先の二人の物語を読みたいものです。
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