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2022.08.07

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇4 田虎篇完結! 太原の「戦争」と二人を結ぶ言葉

 『絵巻水滸伝』第二部のうち、田虎篇もいよいよこの第四巻で完結となります。田虎軍の強敵たちを次々と下し、残るはもはや卞祥と田虎のみという状況まで追い込んだ梁山泊。しかしそんな中、田虎が意外な行動に出ることになります。はたして最後の戦いの行方は……

 田虎軍の非道に怒り、河北の人々を救うため懸命に戦う梁山泊。彼らの戦いは田虎軍の心ある士を動かし、耿恭、唐斌に続き、孫安、喬道清、山士奇を仲間に加えることに成功します。その一方、張清は田虎への復讐に燃えてその懐に入り込まんとする美少女・瓊英と出会って偽装結婚し、密かに機会を窺うことになります。

 そして三眼の怪人・馬霊を下し、残る田虎軍の名のある将は田虎と、晋国右丞相たる卞祥のみ。そもそも田虎が打ち立てた晋国の、国としてのシステムを整備したという卞祥は、梁山泊でいえば呉用に当たる人物。そして右丞相といえば歴とした文官のはずですが――この卞祥に限っては例外というほかありません。

 普段は「牛」と渾名されるほど、朴訥かつ鈍重な印象の卞祥。しかし一度戦場に立てば、漆黒の大斧・開山大斧を振り回して大暴れ、宋江から生け捕りの命が出ていたとはいえ、花栄と董平らを同時に相手にして互角の戦いを繰り広げる豪傑です。
 そして田虎軍の起死回生の策である田虎親征を成就させるため、囮として梁山泊と激突するの卞祥ですが――しかしその陰で、田虎が驚くべき策を巡らしていたのであります。

 それは、自分と妃の白玉夫人が少数の手勢のみを連れて本拠地の威勝を脱出、そして太原の十万の兵のみを引き連れ、金国に逃亡すること――卞祥ら自分の配下を裏切り、捨てるだけでなく、金国に与して大宋国を売るに等しい、卑劣極まりない策であります。
 偶然その企てを知った梁山泊軍は、威勝から消えた田虎の行方を追うとともに、太原攻略に挑むのですが……


 かくてこの巻の中盤では、梁山泊による太原攻略戦が繰り広げられることになります。元々は十節度使の一人・薬師徐京が押さえていた太原ですが、徐京が遼国戦で戦死した後に田虎が漁夫の利を得る形で占領、以後は腹心の兵――すなわち山賊時代から行動を共にしてきた破落戸まがいの連中――十万が好き放題してきたという状況にあります。
 田虎の策を阻むだけでなく、替天行道の旗の下に人々を救うためにも攻略しなければならない太原――しかし兵の数だけでなく、古代から幾多の戦いの舞台となってきたこの城市を攻めるのは、容易なことではありません。そんな中、盧俊義のもとに駆けつけた李俊ら梁山泊水軍による、太原攻略法とは……

 いやはや、この辺りは原典ベースではあるのですが、しかしここでの描写は、原典を遥かに上回る迫力と痛快度。「戦争」になってくるとどうしても見せ場が少なめになってしまう梁山泊水軍ですが、ここでこんな暴れっぷりがあるとは!
 ――が、ここで描かれるのはそれだけではありません。原典を上回るのは、その梁山泊の戦法による被害の大きさ、その惨禍も同様なのです。そこで描かれるのはまさしく、自分たちの思惑とは全く無関係に、力持つ者同士の「戦争」に巻き込まれた庶民たちを襲った、巨大な悲劇の姿なのですから。


 そして幾多の戦いを経て、ついに田虎を追い詰めた梁山泊。田虎の最後の悪あがきというには大規模な反撃に対して、各地に散っていた梁山泊が集結して挑むことになります。

 しかしその中で、復仇の機会にいても立ってもいられずに、暴走に近い形で動いたのは瓊英――襄垣で機会を窺う中、待ちきれずに単身田虎を襲撃する彼女を、張清は追いかけることになります。
 そして無数の敵に囲まれた二人が交わす言葉――中身だけ見ればこの場に相応しくない、しかしこの二人を結ぶのにまことに相応しい愛の言葉は、これまで作中で様々な形で描かれてきた「愛」の形の中で、屈指の印象的なものであることは間違いありません。

 そしてその二人とある意味対照的な存在である田虎が見せた、奇妙な「人間性」もまた、一つの物語の結末に不思議な印象を残します。


 さて、長きにわたる田虎との戦いも終わりました。数多くの犠牲を払いながらも、同時に数々の仲間たちを得た梁山泊ですが――しかし次なる戦いは目前に迫っています。

 解放されたはずの蓋州、いや澤州を襲う謎の集団――急行した梁山泊の面々が見たものは、無秩序に略奪と殺戮を行う謎の軍団だったのです。彼らこそは、西京河南府を陥とした王慶軍――これまでとは全く異なる動きを見せる、異形の敵との戦いが始まります。


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