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2022.09.27

宮部みゆき『きたきた捕物帖 二 子宝船』(その一) 消えた弁天と、岡っ引きの在り方

 北一と喜多次のバディが怪事件に挑む宮部みゆきの『きたきた捕物帖』、待望の第二弾であります。文庫売りとして少しずつ前に歩み始めた北一が、またも巻き込まれた奇妙な事件。喜多次をはじめとする周囲の人々の力を借りながら、少しずつ真相に迫っていく北一が学ぶのは……

 十手を返上すると言い残して亡くなった深川の名岡っ引き・千吉親分。千吉の子分の末席にいた北一も岡っ引きとは無縁になったはずですが、親分の表家業だった文庫の振り売りをするうちに、次々と奇妙な事件に巻き込まれることになります。
 千吉親分のおかみさん・松葉、長屋の差配人の富勘、とある武士の用人・新兵衛、そして正体不明の風呂屋の釜焚き・喜多次といった周囲の人々に助けられて(時々助けて)、奔走する千吉。そんな日々の中、ついに彼は文庫売りとして一本立ちすることに……

 という内容の前作を踏まえて展開する本作は、全三話(実質二話)構成。表題作の第一話「子宝船」では、その文庫がきっかけで、北一はまたも事件に巻き込まれることになります。

 新製品として赤ん坊の出産祝いの品を考えていた北一が、顔馴染みの貸本屋・治兵衛から聞かされた奇妙な話――それは、子宝に恵まれると有難がられていた、酒屋の伊勢屋が描いた七福神の絵をもらった家で生まれた赤子が次々と亡くなり、七福神の絵から弁天様が消えていたというものでした。
 伊勢屋に絵をもらった家の者たちが押しかけて大騒ぎになる中、その絵を納めて祀るための文庫を作ってほしいという富勘の依頼を受けた北一。仲間たちと大急ぎで文庫を作って伊勢屋に届けた北一ですが、それだけでは騒動は収まりそうにありません。そんな中に現れた人物は……


 子授けに御利益があるという宝船の絵から弁天様が消え、赤子が命を落とすという不気味な出来事。はたしてそれは怪異なのか、事件なのか? ――外側からの視点でいうのもいかがなものかと思いますが、この『きたきた捕物帖』はどちらの場合もあり得るだけに、読者としては大いに悩まされます。

 しかしどちらであったとしても、そして誰が悪いのだとしても、その場を、いやその後も何事もなく収めなければなりません。そしてそれは北一ではあまりに荷が重い――と思っていたところに登場するのは、なんと『ぼんくら』シリーズで活躍したあの人!
 もともと富勘や治兵衛が『桜ほうさら』の登場人物であるように、他の作品とクロスオーバーしている本シリーズですが、なるほど、岡っ引きの先達として登場するには文句なしの人物です。

 冒頭から述べてきたように、本作いや本シリーズの北一は、周囲の人々にしばしば助けられているキャラクターであります。何しろ彼はまだまだ年若く、千吉親分の下に寄宿していたとはいえ一番の下っ端――岡っ引きとしてどころか、「社会人」としてもまだまだ駆け出しの若者なのですから。
 本シリーズはそんな北一の成長物語としての側面が強いわけですが、彼を支える周囲の人々は、彼にとってのいわばメンターであり――特にこの「子宝船」では、岡っ引きとしての北一のメンターが本格的に登場したともいえるでしょう。

 そして伊勢屋の騒動が一旦収まった後も、その真相を追っていく中で、北一はそのメンターから岡っ引きとしての手法と、そして何よりも岡っ引きの役割を知ることになります。
 事件を推理・解決するばかりが全てではなく、むしろ事件に――いや、ほとんどの場合、事件とも呼べないような揉め事に――関わった人々の想いを宥め、収めるという役割を。
(だとすれば、岡っ引きが対峙するのが、事件であっても怪異であっても、その意味では何ら差はないといえるのかもしれません)

 この「子宝船」は、そんな岡っ引きの在り方を北一を通じて丹念に問い直し、描いて見せた物語といえます。そしてそこで目指しているのは、「捕物帖」というジャンルの再構築でもあるのではないか――読みながらそう感じました。


 が、本書の後半では、その印象が誤りであったことに気付かされることになります。その後半――第二話「おでこの中身」と第三話「人魚の毒」についてはまた明日。


『きたきた捕物帖 二 子宝船』(宮部みゆき PHP研究所) Amazon

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