東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第4巻 天地逆転の悲劇にも屈しない者
元八丁堀同心・千羽兵四郎と仲間たちが、警視庁の鼻を明かすために様々な怪事件に挑む/怪事件を起こす漫画版『警視庁草紙』、快調に巻を重ねて第四巻であります。この巻では伝馬町の牢に繋がれた女たちを救うために兵四郎が奔走する「人も獣も天地の虫」がついに完結、続くエピソードが始まります。
警視庁の地獄(私娼)狩りで捕らえられた元幕臣の娘たちを救いだすため、元旗本にして大悪党の青木弥太郎の手を借り、地獄狩りの中心人物である松岡警部に美人局を仕掛けた兵四郎。
策は見事に成功し、松岡を脅して伝馬町の牢に入り込んだ兵四郎ですが、既に異常を察知した警視庁は既に網を張り、松岡はその場で処断されるのでした。
追い詰められた兵四郎は、警視庁の面々に対し、突然「高杉晋作と坂本龍馬の二人の無念を晴らすためにここへ来た」と語り、「おうのとお竜 二人の愛した女は今どこにいる」と加治木警部に問うのですが……
そんな意表を突いた場面から始まるこの巻ですが、さて兵四郎の言う二人――高杉晋作の愛人であり彼の最期を看取ったおうのと、坂本竜馬の妻であり寺田屋で彼の窮地を救ったお竜はどこにいるのか?
それは話の流れを見ればいうまでもないでしょう。兵四郎はここでこのエピソードのタイトルである「人も獣も天地の虫」――坂本龍馬が言ったという言葉を引き、二人のみならず、牢に入れられた女たちは全て男たちの犠牲者であるとして、即時釈放を要求したのであります。
――と、原作を読んだときもこの展開には愕然とさせられましたが、ここで画として描かれるとそのインパクトはさらに絶大。特にこのエピソードの冒頭から登場していた今井信郎――彼が何を行ったとされるか、幕末史好きには言うまでもないでしょう――の姿は、強く印象に残ります。
そして兵四郎の火を吹くような告発は、それはそのまま原作者の想いと捉えて良いのではないか――改めてそう感じるのです。
さて、ここからの怒濤の展開には、ただただ目を奪われるばかりなのですが――本作はその結末において、実は原作にはない場面を入れています。
事件が一段落して兵四郎と隅の御隠居が、愛した女性たちの今の姿を亡き龍馬と晋作が見たとしたら――と慮る。それは原作でもあるのですが、そこに重ねて描かれるものは――決して天地逆転の悲劇にも屈しない者の姿を描いたラストの見開きは、これはこれで一つの山風イズムを感じるのです。
そしてこの巻から新たに始まるエピソードは、「幻談大名小路」――何者かに襲われていた按摩・宅市を、冷や酒かん八が助けたのをきっかけに、兵四郎たちが悪夢めいた事件に巻き込まれることになります。
雨の中を流していた時、「お主の眼を潰した男に復讐したくはないか」と声をかけられた宅市。その声についていった宅市は、大名小路で、大勢の家臣と笛・太鼓を奏でる女たちがお殿様を囲む場に誘われるのでした。
そしてそこにいたのはもう一人、宅市の故郷の国家老の息子・奥戸外記――彼の眼を潰した男。「鶴姫」はどこかと殿様に問われるも答えぬ外記に、宅市は積年の恨みを晴らせと促されるのでした。
そこから無我夢中のまま、気が付けば大名屋敷はどこへやら、何者かに口封じされかけていたところを、宅市はかん八に救われたのですが――しかし大名小路は銀座の大火で既に焼失したはず。そして宅市の口を封じんと、彼を匿った半七の家を、猿面と蓑をつけた奇怪な一団が襲撃してきたのであります。
一方その頃、同じ長屋の「葦原将軍」を入院させるために小松川の癲狂院を訪れた油戸巡査は、そこで口に紙を押し込まれた奥戸外記の縊死体を発見することに……
はたしてどこからが虚でどこからが実なのか、盲人の口を通じて語られた怪談めいた物語が、兵四郎、そして警視庁に現実のものとして襲いかかるこのエピソード。まだこの巻の時点では、双方が追う真実は五里霧中の状態ですが、宅市の耳に聞こえた不気味な情景を描き出す画の面白さに感心いたします。
実はこのエピソード、この時点で原作に比べてかなりアレンジが加えられ、派手な展開になっているのですが、さてこの先どのように物語が描かれることになるのか。ここはそのアレンジ具合に注目したいと思います。
(冒頭であの「文豪」の「夢」を描いた作品を引用しているのは、ある意味ギリギリ感がありますが……)
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