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2022.09.23

「青春と読書」2022年10月号で山本幸久『大江戸あにまる』の紹介記事を担当しました

 『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫)の紹介記事が「青春と読書」2022年10月号に掲載されました。タイトルのとおり、江戸を舞台に動物たちを巡る騒動を描く時代小説なのですが――しかし登場する動物たちがどれも並みではない、何ともユニークな作者初の時代小説です。

 かつては若君時代の藩主の御伽役として兄弟のように過ごしたものの、今は代々の江戸留守居役手添仮取次御徒士頭見習という、凄いような凄くない役職に就いている青年・木暮幸之進。御伽役時代を懐かしく思い出しながらも平凡な毎日を送る彼は、国元から江戸に留学してきた少年・乾福助の付き添いとして、本草学マニアが集まる物産会合に顔を出すことになります。

 そこでかつて若君と共に見物に行った駱駝が再び江戸に来ていると聞き、懐旧の想いに駆られる幸之進ですが、会合の帰り、道端に傷だらけで倒れていた男――国定村の忠次郎を拾って下屋敷に匿ったことで、思わぬ騒動に巻き込まれることに……


 そんな第一話から始まる本作は、駱駝以降も、豆鹿・羊・山鮫(ワニ)・猩猩(オランウータン)と、およそ時代小説ではあまりお目にかからないような、本来であれば江戸にいないはずの動物たちを中心に起きる騒動を描くことになります。
 その騒動に巻き込まれ、何とか収めようと奔走するのはもちろん幸之進ですが、彼は困っている人を見過ごせない好人物ながら、いつもうまくいかずに痛い目に遭ってばかり。福助や、途中から登場する藩主の奥方で男装の剣士でもある小桜らの手を借りて奮闘するものの、やっぱり大変な目に――というのが、本作の基本パターンであります。

 冒頭で触れたとおり、本作は作者の初の時代小説ですが、これまで作者が発表してきたのは、現代を舞台に、ごく普通の人々が自分の仕事に懸命に打ち込む姿を、時にユーモラスに、時に感動的に描く作品が中心でした。
 その点からすると、普通の人である幸之進が奮闘する本作もその時代小説版といえるかもしれませんが――しかし本作には、上で触れた国定忠治をはじめ、平手造酒、勝麟太郞、鳥居耀蔵などなど、実在の人物、歴史上の有名人が次々と登場することになります。

 幸之進は、動物たちだけでなくこの有名人たちにも散々振り回されることになるのですが、そんな非日常的な状況で自分のベストを尽くそうとする彼の姿に、大笑いしてそして時にグッとくるのは、やはり作者ならではというべきでしょうか。
 そして実はそんな動物たちも有名人たちも、それぞれに抱える「私はどうしてここにいるのだろう」という一種哲学的な想いに対して、幸之進の姿を通じて描くその答えには、胸が熱くなるのです。


 というわけで動物と有名人と普通の人が織りなす愛すべき作品である本作ですが、終盤ではちょっと驚くような伝奇的なアイディアが投入されてきたりと、伝奇時代小説ファンとしても油断できない作品であります。

 さらに、それまで登場人物たちの「今」を楽しく賑やかに描いてきたの最終章では、上記の想いを通じて、一転して歴史の重みを描いてみせるなど(まさか鳥居様に泣かされるとは……)、これが初とは思えない時代小説としての切れ味を見せてくれる本作。
 紹介記事を書いたからということは全く抜きにしても、自信を持ってお勧めできる快作であります。


『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫) Amazon

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