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2022.09.11

特集「陰陽師」の世界(その一) 本家+トリビュートの豪華な世界

 二ヶ月遅れの紹介で非常に恐縮なのですが、「オール讀物」2022年8月号には、夢枕獏の『陰陽師』三十五周年で特集「陰陽師の世界」が掲載されました。シリーズ最新作はもちろんのこと、六人の作家によるトリビュート作品が掲載されたこの特集、ここでは本家+トリビュート作品を紹介いたします。

「殺生石」(夢枕獏)
 未知国のとある森に現れた蘆屋道満。植物も動物も人間も、様々なものが不気味に歪み、奇怪な姿に変貌している森を飄然と進む道満は、やがて背後に巨大な方形の石がある家に辿り着くのでした。
 その家に一人暮らすのは、雛にも稀な妖艶な美女――道満に対して様々な誘惑を仕掛けるその美女の正体は……

 記念すべき特集に掲載された作品でありつつも(?)蘆屋道満が主人公を務める、ちょっと捻った内容の本作。タイトルである程度の内容は察せられるのですが、しかし気になってしまうのは時代設定であります。

 そもそも「殺生石」の由来となった「物語」は平安時代末期が舞台、何しろ晴明の子孫が活躍する内容です。もちろん、他の物語世界に平然と足を踏み入れ、どうやら相当長生きするらしい道満のこと、いつの時代にいてもおかしくはない――と思っていたら、何と本作ではあの「物語」は文徳天皇の御代、つまり平安時代前期に起きたことになっているので、なるほど平仄は取れます。

 と、そんなマニアの拘りはさておき、融通無碍に展開するこの物語では、なんと道満の友人として玄能の名も挙がるのですが、ここでは妖の方がはるかに上手だったようで――しかし、その妖も道満では相手が悪い。何ともすっとぼけた、かつとんでもない結末には、驚きつつもにんまりさせられます。

 しかし本作冒頭の、殺生石の毒にやられた森の描写には(そして殺生石の姿も)、どこか既視感があると思っていましたが、「構想10年」という惹句に納得してしまうのは、深読みが過ぎるでしょうか。


「耳穴の虫」(蝉谷めぐ実)
 ここからはトリビュート作品、トップバッターは『化け者心中』で鮮烈なデビューを飾った蝉谷めぐ実ですが、これがいきなり場外ホームランクラスの快作です。

 幼い頃に右耳に尺取虫が入り込んで以来、異常に鋭敏な聴覚を持つに至った小稲。そんな彼女が女房として仕える紀家の姫に、何者かが夜毎声をかけてくるようになったのです。
 「めめか」「くちか」「みみか」と姫に問いかけ、応えるとその部位が天井から降ってくる――そんな怪事が続き、ついに姫の親は安倍晴明を招くことになります。

 晴明どころか博雅まで現れ、恐懼する紀家の人々。そんな中、小稲がその耳で聞き取った晴明の姿とは……

 様々に趣向が凝らされたトリビュートの中でも、本作はおそらくは原典と同じ世界観の物語。しかし本作は「依頼者」の側から物語を描くことで、これまでとは全く異なる、しかしやはり懐かしく好もしいあの世界を描き出します。
 なるほど世の人々から見れば、晴明はあくまでも地下人である一方で、博雅は皇族。そんな二人が連れ立って歩いているだけで奇妙なのに、二人きりの時には晴明が博雅を呼び捨てに――と、ここで小稲の聴覚が物をいうわけですが、しかし二人を「聴いて」いるうちに、やがて彼女が現代のオタクがいうところの「尊い」感情に打たれる様は、おかしかったり納得させられたり……

 しかし本作はそうした楽しさだけでなく、人と妖の間の――人と尋常の人ならざる者の間の距離感の存在をも、巧みに抉り出します。それはもちろん原典でも様々な形で描かれてきたものではありますが、しかし小稲という、自身も尋常の人ならざる者の、それも耳を通すことで、それはより鋭く浮き彫りにされるのです。
 そしてそれが、それぞれに尋常ではない晴明と博雅という存在、そして二人の関係性にまで及ぶに至り、着眼点(着耳点?)とその描写の巧みさに、ほとんど愕然とさせられるのです。

 ところが本作の凄まじい点は、それだけに終わりません。この物語の結末で描かれるある場面――それは正直なところ、トリビュートの域を超えてしまった、ある意味描いてはいけないものであるかもしれません。しかしそれは逆に本作だからこそ描けるものであり――そしてやはりその様は「尊い」としか言いようがないのであります。


 残る作品は次回紹介いたします。


「オール讀物」2022年8月号(文藝春秋) Amazon

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