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2022.09.14

風野真知雄『那須与一の馬 奇剣三社流 望月竜之進』 竜之進を待つ過去と未来

 同時に三人を相手にすることを想定した超実戦流剣術(?)三社流の創始者であり諸国流浪の剣豪・望月竜之進が、各地で事件に巻き込まれてはその剣と頭脳の冴えを見せるユニークな連作の第三弾であります。今回はこれまでの有名人+動物だけでなく、地名+動物のエピソードも収録されています。

 23自ら生み出した三社流の洗練と普及のため、今日も今日とてさすらいを続ける竜之進。その竜之進も四十を迎え、いわば人生も峠に近づいたといえます。本書も、過去に竹書房文庫から刊行された『厄介引き受け人 望月竜之進 二天一流の猿』の収録作、最近の「小説宝石」掲載作、そして書き下ろしがミックスされたものですが、その内容も、少しずつ彼の年齢を感じさせたものとなっています。

 冒頭に収録された「両国橋の狐」は、やはり剣士だった亡き父とは同門であり、今は江戸の大道場主となった大友巌左衛門の招きを受け、両国橋が出来たばかりの江戸に戻ってきた竜之進を描く物語であります。
 師範代として大友の弟子たちを鍛える竜之進ですが、やがて彼の耳に入ってきたのは、両国橋に侍の刀を奪う狐が現れるという噂。しかも奪われるのは決まって大友の道場生ばかりというではありませんか。

 大友と共に夜の両国橋に向かった竜之進ですが、そこで出会ったのは父と大友の師の娘・美紗。かつて竜之進の父と大友を含む四人の高弟は、師の跡を継ぎ、美紗を娶るため、面を付けて立ち会ったという過去があったのです。
 しかしその直後、師は狐面をつけた男に斬られたというのですが――実はその立ち会いの晩、父が狐面をつけて出かけていくのを目撃していた竜之進。はたして本当に父が師を斬ったのか、そしていま両国橋を騒がす狐との関係は……

 そんな本作は、四十を迎え、そろそろこの先の人生を考える、いや考えなければならなくなった竜之進が、剣の道では成功者というべき大友との出会いを通じて、父の過去に向き合い、その中で自分の未来に想いを馳せるといういささか複雑な構成の物語であります。
 これまでも漂白の人生の中で、幾度かこのままでよいのか、と自問自答してきた――しかし楽天的なこともあってあまり深く考えてこなかった竜之進に突きつけられる剣士たち、いやその周囲の人間を含めた過去と未来の姿。そこにはユーモアと並んで作者が得意とするペーソスが色濃く感じられるのです。
(それにしても「そんな暮らしが松の木から脂が出るようにいやになってくる……」という表現はよく考えつくものだと感心します)

 また、表題作の「那須与一の馬」は、それよりも時期を少し遡った鎌倉と江戸を舞台として、自らを那須与一の生まれ変わりと称する流鏑馬名人の博労・又蔵と出会った竜之進が、その後、江戸で起きた弓による通り魔事件に巻き込まれるという一編。
 物語的には少し慌ただしいところも感じられるものの、冒頭で武芸の腕前は最弱ながら、口と頭がやたら回る弟子とともに竜之進が見せた三社流の珍妙な稽古が、まったく思わぬ形で再び登場するのには抱腹絶倒させられました。
(ちなみに又蔵の母は静御前を称する女性なのですが、後述のとおり、本書には別の静御前モチーフの話があるのが何とも……)


 本書ではこの二話が特に印象に残るところですが、正直に申し上げれば、残る三話は、こちらに比べるとちょっと――という感触があります。

 箱根路に出没しては駕籠かきを助けるという、奇妙な幽霊の正体を竜之進が追う「箱根路の蛍」。前巻の「左甚五郎のガマ」の(後日譚の)後、再び栗橋の宿を訪れた竜之進が、薄幸の女性・静が、地元の池に棲む巨亀に人身御供に出されるのに関わる「静御前の亀」。聞こえぬ耳の代わりに鋭い眼を持つ隠居と知り合った竜之進が、その力を借りて東照宮を巡る悪事を暴く「東照宮の象」……

 いずれも物語のシチュエーション自体は非常に面白く、そこで見せる竜之進の活躍も痛快ではあるのですが、どのエピソードもちょっと強引に感じられる部分があるのが気にかかったところです。
(特に「箱根路の蛍」の結末と、「東照宮の象」の悪役の行動――特に後者の無茶苦茶さには仰天させられました)。


 冒頭に触れた通り、これまで歴史上の有名人+動物だったタイトルが、地名+動物となっている部分もあり(もっともそれは、本書で最も発表が古い「両国橋の狐」の時点でそうなのですが)、果たしてこの先の竜之進の人生の、シリーズそのものの行方が、いささか気になってしまうところではあります。


『那須与一の馬 奇剣三社流 望月竜之進』(風野真知雄 光文社文庫) Amazon

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