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2022.09.04

瀬川貴次『怪談男爵 籠手川晴行 2』 ちょっとおかしなキャラたちと真剣に怖い怪異と

 瀬川貴次が大正時代を舞台に描く、ちょっとコミカルで、しかし非常に怖い連作怪異譚、待望の第二弾の登場であります。好奇心旺盛な青年男爵・籠手川晴行と、親友の帝大生・室静栄、そして三流新聞記者の諏訪虎之助のトリオが、次々と起きる怪異に騒々しく挑みます。

 姉が裕福な貿易商に嫁いだお陰で、働きもせず悠々自適の生活を送る美青年・籠手川晴行。好奇心と義侠心は人一倍ある彼は、次から次へと奇妙な事件に首を突っ込んでは、幼馴染で貧乏子爵家の跡取りの静栄を悩ませる毎日であります。
 そんな中、本当の怪異に出くわした二人は、何故かそれ以降も怪異に次々遭遇――怪奇譚を記事にしようとする虎之助に「怪談男爵」と渾名されることになった晴行は、いよいよ(?)怪奇の事件に巻き込まれることに……

 そんな本シリーズですが、本作では、陽気で能天気ですらある晴行と生真面目で甘党の静栄のコンビに、ある意味常人で恋に悩む虎之助が加わり、さらに賑やかな状態になります。
 三人の溜まり場である甘味処でわちゃわちゃやっている姿は何とも微笑ましいのですが、しかし彼らが巻き込まれるのは、基本的に純度100%の怪異――よその時代の怪異を愛する貴族が知ったら、じっとりと羨ましがること間違いなしなのであります。

 それはさておき、本作は短編・中編・ショートエピソード織り交ぜての、以下の全5話構成であります。
 市電に乗っていた静江が、かつて七五三に行く際に市電に轢かれて亡くなった童女の亡霊と再三にわたり出くわす「死電に乗る童女」
 花盛りの上野に現れた日本刀の辻斬りに、成り行きで警察の留置場に入れられた晴行と意外な人物が挑む「辻斬り桜」
 高校時代の同級生から、かつて自分が書生を務めていた彫刻家の様子を見てきて欲しいと頼まれた静江たちが目撃する狂気と恐怖「黒いアトリエ」
 外国人青年から晴行の姪が交際を申し込まれたのと、英国の霊媒が交霊会で被害者を呼び出した殺人事件が思わぬ形で交錯する「帝都の殺人鬼」
 取材に出かけた虎之助たち三人が泊まった旅館はどうやら曰く付きの部屋で――という「怪談ブン屋 諏訪虎之助 因縁部屋」

 いずれも三人の(というか晴行の)おかげで賑やかに、ちょっとコミカルに物語は展開していくのですが、しかし決して誤解してほしくないのは、物語自体は――そしてその中心にある怪異は、真剣そのもの、というよりかなり重く、洒落にならないものが大半であるということであります。
 キャラは賑やかでちょっとおかしいけれども、怪異は真面目で真剣に怖い――作者がホラーを書く際の基本姿勢は、本作においてももちろん健在なのです。

 たとえば「黒いアトリエ」は、若い男と密通していたという妻が駆け落ちか姿を消して以来、人が変わったように周囲から他人を遠ざけた彫刻家が――という、いわゆる「狂気の芸術家」ものでありますす。
 正直なところ展開は予想できる部分も大きいのですが、タイトルの黒いアトリエ――それまではごく普通の建物を通、外側も内側も黒く塗りつぶしたアトリエというのは、それだけでインパクト十分。しかし真の恐怖は、予想していたところから予想を遙かに超えた形で出現する怪異の存在であって――えっ、何!? 何なのこれは!? と理性が理解を拒む恐怖は、本作でも随一のものでしょう。


 そしてそんな本作、いや本シリーズでユニークなのは、主人公たる「怪談男爵」晴行が、実は怪異に立ち向かう手段がほとんどないことでしょう。親譲りの武術の達人という設定ではあるものの――そして今回、それで大活躍するエピソードもあるものの――あくまでも彼はごく普通の人間に過ぎないのであります。
 しかしそれでも、決して物語の中で晴行に無力感はない――それどころか、やはり彼の存在が事件を解決していると感じさせられる、その巧みな塩梅のキャラ描写は、これも作者ならではのものと、今更ながらに感心させられるのです。

 キャラものとしての楽しさと、ホラーとしての恐ろしさが、実に理想的な形で融合した本作。三人の周囲に色々と個性的な人物が登場してきたこともあり、今後の展開も大いに楽しみな作品であります。


『怪談男爵 籠手川晴行 2』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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