有谷実『楊家将奇譚』第1巻 女子高生、伝説の将たちと出会う
十世紀末、宋と遼の戦いで活躍した伝説の一族・楊家将。本作はその楊家将の世界に、現代の女子高生が転生したことで始まる歴史ロマンであります。突然、異なる時代、異なる場所の激しい戦いの真っ只中に飛び込んでしまった少女の前に現れた者は……
北海道の牧場で祖父に育てられたものの、祖父を失い、今は東京の高校に通う少女・鳥羽鈴。家族もなく、周囲からも浮いた存在である鈴は、ある日学校からの帰りに、突如龍のような雷に打たれることになります。
そして彼女が目が覚めてみれば、そこは炎の中――その場に居合わせた一人の青年に辛くも救い出された鈴ですが、その青年ともう一人の武将に、騎馬の兵たちが襲いかかります。
凄まじい強さで敵兵を蹴散らしていく二人ですが、物陰から青年を狙う弓に気付き、思わず得意の弓で相手を射る鈴。鈴の助けもあり、兵を撃退した青年たちですが、鈴はその場で意識を失ってしまうのでした。
そして砦で意識を取り戻した鈴に対して、楊四郎と名乗り、兄・楊延平と弟・六郎とともにこの砦・雁門関を守っていると語るのでした。ところが六郎は、彼女こそがかつて五台山の老師が予言した仙女だと主張して……
宋の国境を守り、遼との戦いで幾多の武功を挙げた楊家将――名将・楊業とその子供たち、楊一族の物語は、中国では『楊家将演義』として親しまれ、京劇や映画、ドラマなど様々な形で描かれてきました。
残念ながら日本では、『楊家将演義』自体が2015年になってようやく訳されたほどで、日本で書かれた小説も北方謙三の『楊家将』とその続編くらいという状況ですが――そんな中で本作が登場したのには、嬉しい驚きがありました。
本作が刊行されたフロースコミックは、簡単に言ってしまえば、女性向けのファンタジー――というより異世界転生もの漫画のレーベル。本作の場合は異世界転生というよりタイムスリップ(いや、実は異世界という可能性もありますがそれはさておき)、約千年前の宋に放り出されてしまった鈴の目から、楊家将たちの姿が描かれることになります。
さて、その楊家将ですが、本作に登場するのは、これがなかなかに個性的な面々。本作で楊家将側の中心となるのは、どうやら四男の延朗のようですが、彼は正当派の(?)長髪美形ながら、感情を表に出さない――というより無愛想な青年であります。
そして如何にも長男といった延平にちょっと無邪気な印象の六郎(延昭)、さらにタラシっぽい美形の二郎(延定)、直情径行の熱血漢・五郎(延徳)と、まだ全員は登場していないのですが、現時点でもそれぞれタイプの異なる美形揃いというのは、華やかでよいと思います。
そんな中で、鈴が――牧場育ちで馬に乗れるのと弓道が特技であるとはいえ――受け容れられる理由の一つに、彼女が一族の武運を左右するという予言の仙女(らしい)というのも、いかにもレーベルっぽさを感じさせる要素ではあります。とはいえ、その予言をしたのが、五台山の老師というのであれば、これはもうこちらとしては納得せざるを得ません。
しかし今のところ彼女には仙女らしいところは特になし。それでも楊家の人々が彼女を家族同様に受け容れるのが、仙女云々以前に、困っている人を助けるのに見返りなど必要ないという一種の侠気によるのが、何とも嬉しいところであります。
そして、この世界では「余所者」である鈴の存在に、元々は北漢からの降将であり宋にとっては「余所者」である楊家将を重ね合わせる――そしてそんな共通点が鈴と四郎の心を近づける――という構図も、まことに巧みと感心しました。
さて、この第一巻では、四郎とともに東京開封府に向かった鈴が、楊業とその妻・シャ賽花らと対面する一方、楊一族の存在を激しく敵視する遼の簫太后と耶律休哥の姿(どちらも本作らしい格好良さで実にイイ)も登場。いよいよ物語が本格的に動き出すであろう第二巻からの展開が楽しみであります。
(特に四郎は、『楊家将演義』では複雑な運命を辿る人物であるだけに……)
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