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2022.09.28

宮部みゆき『きたきた捕物帖 二 子宝船』(その二) 毒殺魔との対峙、そして物語が真に目指すもの?

 『きたきた捕物帖』第二弾、『子宝船』後半の紹介であります。一家惨殺の悲劇に対し、怒りに下手人を追う北一。しかし北一の前には、思いもよらぬ壁が立ち塞がることになります。そして北一が知ることとなった千吉親分の真意とは……

 さて、第一話「子宝船」に続くのは、第二話「おでこの中身」と第三話「人魚の毒」――この二話は、同じ事件を扱う実質的に前後編の形で描かれることになります。

 いつもと変わらぬ平凡な日の始まりと思っていたその朝、北一が目の当たりにした惨劇。北一も顔見知りだった、弁当屋・桃井――慎ましくも幸せに、懸命に暮らしてきた一家三人が、物言わぬ骸となって見つかったのです。
 第一発見者となったものの、あまりに悲惨な現場を見ていられず外に出た北一は、そこで現場を窺う奇妙な女を目撃し――その女が姿を消す際に、首筋に銀杏の絵柄の彫り物があるのを目に焼き付けるのでした。

 そして検屍の手練れである与力・栗山から、これが一家心中ではなく、何者かに毒を飲まされた殺人であると聞かされた北一。さらにその場に女の足跡があったと聞かされた北一は、あの銀杏の女の影を追うことになります。
 そして過去に同様の事件が起きているのではと思い立った北一は、政五郎親分の元手下だった人物に話を聞きに行くことに……

 と、第二話のサブタイトルの時点で明らかではありますが、ここで『ぼんくら』で政五郎親分とともに活躍した「おでこ」その人が登場することになります。今は立派な大人になって町奉行所文書係の助手を務めているおでこですが、その記憶力はさらに磨きがかかり、人間図書館というべき記録量で北一を助けてくれるのは嬉しい限りです。

 そしてなおも銀杏の女を追う北一は、文庫作りの仲間たちと作った人相書きをあちこちに配った末、ついに手がかりを掴むことになります。人相書きを見て木更津湊からやって来た八州廻りの岡っ引き・半次郎。彼が北一に語る、恐るべき怪物の物語とは……


 これまで本シリーズで描かれてきたのは、人の世の陰の部分――「子宝船」でも描かれたように、どんな人間でもなにかの拍子に芽吹かせるような、小さな、そしてどこか物悲しさややりきれなさを感じさせる人の悪意が描かれてきました。
 しかしこの二話で毒殺魔を追う北一が対峙するのは、人の心の闇の部分――真っ当な人であれば持ち得ないような、怪物めいた魂の存在なのです。はたして、普通の人間の悪意ですら理解するのに苦労するような北一に、そのような怪物を相手にすることができるのでしょうか? 

 しかし、実は本作において、北一はもう一つの、ある意味毒殺犯よりも遙かに恐ろしい相手と対峙することとなります。
 それはこの時代の捕り物のシステム――脛に傷持つ者がほとんどである岡っ引きという怪しげな存在と、物証などとはほとんど無縁の自白偏重の取り調べという、法や論理とは無縁の捜査という、この時代に主流だった捕り物の在り方が、彼の前に立ち塞がるのです。

 これまで培われてきたこのシステムの前には、栗山与力のような物証主義や、それを受けて地道に捜査を行う北一は、異端者にすぎません。どれだけ彼らが正義を訴えても、それが通ると限らないのです。そんな中で、どうすれば正義を貫くことができるのか。弱者を救うことができるのか?
 ここで鋭く突きつけられるのは、そんな疑問であります。そしてそれは、このシリーズの発端――自分が死んだ時には十手を返上するという言葉を遺した千吉親分の真意に、実は繋がるものであったと、第三話において明かされるのです。

 先に第一話の紹介で、私は本作が岡っ引きの在り方を問い直し、捕物帖を「再構築」するものではないかと述べました。しかしここで描かれるのは、それを踏まえた上で、従来の捕物帖の在り方を根底から揺るがし、新たな形を描こうとする試みなのです。
 ある種、捕物帖の「脱構築」というべきものを、本シリーズは目指しているのではないか――そんな思いを抱かされました。


 懸命に生きる青年の成長物語、奇妙な謎や怪異を描く時代ミステリ、これまで作者が描いてきたキャラクターたちのクロスオーバー――そんな様々な魅力を持つ「捕物帖」である本作、本シリーズ。そこにさらに、上に述べたような恐るべき意図が込められているとしたら――それは作者の集大成というべきものになるのではないでしょうか。

 「捕物帖」として、はたしてこの先に何を描こうとしているのか――これまで以上に、シリーズのこの先が楽しみで仕方ないのであります。


『きたきた捕物帖 二 子宝船』(宮部みゆき PHP研究所) Amazon

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