平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第3巻 黒き絶望! 雪士、最大の危機と悲劇
浮世絵師・写楽苦こと雪士と仲間たちにさらにあの松田が加わった江戸の黒い天使たち。しかし彼らの周囲の外道たちの悪事も止むことがありません。そしてついに雪士に最大の危機と悲劇が訪れることに……
これまで幾人もの法で裁けぬ悪人を闇に葬ってきた雪士と鷹屋一党。そこに葛飾村から出てきた浮世絵師志望の大男・松田も仲間に加わり、黒い天使たちはますますパワーアップすることになります。
一方、雪士のもう一つの顔である浮世絵師・写楽苦の美人画が、その斬新さからたちまち売れっ子に――という状況を踏まえて展開するのが冒頭の「日の本一の男」。常識はずれの写楽苦の絵に反発する浮世絵師・鬼多川歌摩羅は、弟子や用心棒に写楽苦を襲わせるのですが――その「写楽苦」と弟子たちが勝手に勘違いしたのが松田だったことから、(襲った側が)大変なことに……
と、松田が絵師というのはまだ慣れないのですが、この回をはじめとして、雪士に勝手にライバル意識を抱き、憎まれ口を叩きつつ助けに入るというのが本作の松田のスタンスらしく、それはそれでなかなか良い立ち位置ではないかと感じます。
そして続く前後編「黒き忠臣蔵」は、雪士が写楽苦として事件に巻き込まれることになります。仮名手本忠臣蔵が評判を集める一方で、江戸で侍を狙った辻斬りが横行する中、塩谷判官を演じる中村菊右衛門に興味を抱きいた雪士。
鷹屋の引き合わせで菊右衛門を描くことになった雪士は、菊右衛門の狂気を引き出した絵を描くものの、本人を激昂させることなりなります。そして楽屋を飛び出した菊右衛門はその先で……
と、いうのが前編ですが、後編は忠臣蔵に拍手喝采する江戸の人々に一方的に敵意を燃やし、外道働きの後に「誅臣愚楽」の札を残すという三河の盗賊が登場。その盗賊が、自分の仕置きまでも己の仕業のように振る舞ったことに雪士が怒り――と、同じ忠臣蔵を題材としつつも、前後編で異なる物語が展開するのがユニークなところです。
前編での雪士の仕置きの影響で、それまでパッとしなかった大星由良助役の役者が奮起して役柄のように昼行灯を返上したり、吉良の領国だった三河の盗賊が忠臣蔵に恨みを持ったり――と、ちょっとしたひねりも面白い前後編であります。
そしてラストの「絶望の檻」は、前話の仕置きが原因で、雪士が絶体絶命の状況に追いこまれることになります。
前話で辻斬りに襲われていたところを、雪士に助けられた夜鷹。しかし写楽苦こそが殺しの下手人と睨んだ北町奉行所同心・絶蛛望ノ介は、彼女が写楽苦の素顔を見ているに違いないと強引に捕らえ、さらに雪士こそが写楽苦と決めつけ、彼を捕らえるのでした。
そして雪士と夜鷹に凄惨な拷問を加える望ノ介。石抱きの拷問に必死に耐える雪士ですが、その眼前で望ノ介は夜鷹に無残極まる責め問いを加え……
と、拷問による自白で下手人を挙げてきた外道同心の手に落ちた雪士を描くこの前後編。本来は拷問にも条件と手続きがありますが、この望ノ介は奉行のお気に入りであるのをよいことに、やりたい放題――その外道ぶりたるや、「ドッ…ドッド外道があアアァ~~~~ッ!!」と、雪士が最上級の表現で(?)怒るほどであります。
しかし更なる絶望が雪士を待ち受けます。さすがにこれはいくらなんでも――と絶句するしかない胸糞の極みな拷問の末、それでも雪士を守り通して彼の目の前で失われる命。そこで雪士が見せた表情は……
これまで雪士、いやその原点である雪藤のことを長きに渡り見てきましたが、(もちろんその全てをチェックしたわけではないものの)ここまで絶望と悲しみの表情を見せたことはないのではないか――そう言いたくなるその表情は、正直なところ直視し難いとしか言いようがありません。
もちろん、そのままで終わる雪士たちではないのですが――最近ある種マイルドになっていた作品に、とんでもない一撃を与えていったエピソードというべきでしょうか。
ちなみにこの巻の「黒き忠臣蔵」から、火盗改の長官・冴島法眼が登場。望ノ介の非道ぶりに激怒して、町奉行に真正面からねじ込む硬骨漢であり、面子よりも民の安寧こそを望む真っ当な人物なのですが――しかしその一方で黒い天使たちもまた殺人者として断じる、雪士たちとは相容れない存在であります。
剣の方も、松田が投げつけた丸太を正面から真っ二つにする腕前で、こちらの方が松田っぽいのでは――というのはさておき、今後の動向が気になるキャラクターであります。
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