琥狗ハヤテ『ヤヌス 鬼の一族』第2巻 人と犬の絆が極まったところに生まれたもの
『ねこまた。』の琥狗ハヤテが、ガラリとムードを変えて描く戦国連作の第二弾が刊行されました。戦国時代を舞台に、歴史の陰に生きた鬼一一族の姿を描く連作、この巻では太田資正の下で犬の訓練士として仕えた鬼一山楽と狼犬・青風の絆を描く「狗の章」が収録されています。
永禄年間、常陸国の松山城と岩付城を治めていた太田資正。馬同様に犬を育て、戦に用いた資正に犬の訓練士として仕える鬼一山楽は、ある晩、難産の末黒い犬・青風を取り上げることになります。
同じ時に生まれた兄弟たちの中で、一匹だけ先祖返りしたように狼の性質を見せる青風。他の犬とは全く異なる力を発揮する青風を周囲が敬遠する中、ただ一人山楽だけは、青風に心を込めて接するのでした。
そんな中、松山城と岩付城でそれぞれ育てていた犬を総取り替えるという命を下した資正。それは犬の帰巣本能を利用して、二つの城の間の伝令として使おうとするものでした。
そしてほどなくして勃発した北条家との戦の中で、資正の策は実行に移されることとなったのですが――しかし北条家に仕える風魔の忍びにより、犬たちは次々と討ち取られていくことになります。
この状況に対し、山楽は青風を伝令に使うことを提言、青風は見事にその期待に応えるのですが……
鬼一法眼の子孫という言い伝えを持つ鬼一の一族。第一巻「人の章」に登場した今川義元に仕えた男・鬼一左文字は堂々たる体格を持つ武士でしたが、この「狗の章」に登場する山楽は、犬を育てるのを得意とするものの、ごく普通の若者として描かれます。
そして左文字が今川義元に仕えたように、山楽が仕えるのは太田資正(三楽斎)――正直なところ知名度はあまりありませんが、信長以前から秀吉の時代に至るまで、名門・太田家(資正はかの太田道灌の曾孫)の末裔として、北条家と戦い続けた武将です。
そしてその資正の名を後世に残すこととなったのが、いわゆる「三楽犬の入替え」――二つの城の間で犬を入れ替えることで伝令として用いたという逸話であります。もちろん本作の物語が、この逸話に基づくものであることは言うまでもありません。
しかし本作においては犬の入れ替えは風魔の前に功を奏さず、それまで狼犬として白眼視されていた青風のみが伝令の役目を全うすることになるのですが――しかし本作は、山楽と青風の活躍を描いて大団円とする物語ではありません。
常の犬を遥かに上回る能力を持つ青風をしても、なお極限に近い走りを要求される風魔との戦い。その戦いが青風に与えた影響を知った山楽は、自ら青風を支えようとするのですが、それがもたらした結末は……
「人の章」における義元と左文字が濃やかな君臣の交わりを見せたのと同様、人と犬の間を越えて心を通わせ、互いを支える山楽と青風。本作はそんな一人と一匹の姿を、丹念な描写で――たとえ犬を飼ったことがなくとも、自分が犬と親しく接した経験があると錯覚させるほどの描写で――描き出します。
だからこそ本作の山楽と青風の描写には、力強い温もりを感じさせるのですが――しかし同時にだからこそ、それが壊れかけた時の痛みは、激しく鋭いものとして感じられるのです。物語の終盤、山楽が気付いた青風の異変――そこに込められた痛み・苦しみが、ほとんどダイレクトに伝わってくるほどに……
本作は犬を題材とした優れた時代活劇であります(風魔との戦いなど、白土三平の忍犬シジマものを連想させるほどに!)。しかしそれと同時に、優れた人と犬の物語であり――そしてその両者の間の絆を描く物語であります。
その絆が極まったところに生まれた存在――それを何と評すべきかはわかりません。あるいはシンプルに「鬼」と呼ぶべきなのかもしれませんが、だとしたら「鬼」とは何なのか? そんなことを考えさせられる物語であります。
そしてその答えを知るためにも、果たして第三章ではどのような絆が、どのような鬼が描かれるのか――それを早く知りたいと、心から思うのです。
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