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2022.11.24

矢野日菜子『風の槍』第1巻 家康第一の臣、その少年時代は

 来年の大河ドラマの主人公ということで、フィクションの世界でも注目度が高まっている徳川家康ですが、その麾下の武将で最も知名度が高いのは(服部半蔵を除けば)本多平八郎忠勝ではないでしょうか。本作はその忠勝を主人公に据えた物語――この第一巻では、彼の幼年期から少年期が描かれます。

 松平竹千代(後の家康)が今川家の人質となり、松平の家臣が今川の下風で苦しめられていた時代――とある合戦で命を落とした本多家の当主・平八郎。その時、彼の息子であり、後に平八郎の名を継ぐ鍋之助は数え二歳――こうして赤ん坊の頃に父を喪った鍋之助は、母の手一つで育てられることになります。

 他の子よりも背は小さいものの、並外れた運動能力と気の強さから、ほんの子供の頃から周囲に一目置かれていた鍋之助。父がいない鍋之助を気遣う周囲の大人たちに大して迷惑そうな顔を見せる鍋之助ですが――しかしその一方で、忠義の果てに命を落とした父の存在は、彼に複雑な想いを抱かせることになります。

 家にあった、死んだ後に霊となって皇帝を悪鬼から守ったという鍾馗を見て、死んで活躍できるものかと反発する鍋之助。やがて、松平家中で父と並ぶ槍の名手だったという血槍九郎こと長坂九郎に槍を学ぶこととなった鍋之助は、どうすれば鍾馗を超えられるか尋ねて……


 冒頭に触れたように、いまや家康第一の臣といえば、即座に名前が挙がるであろう本多忠勝。しかしその一方で、彼の姿はあくまでも家康の家臣として描かれ、忠勝自身の物語が描かれることは少なかったという印象があります。
 その貴重な例外である本作の第一巻では、そんな忠勝の赤子の頃から、十歳で竹千代改め元康の近習として出仕し、そして十三歳で元服、今川家と織田家の合戦の中で初陣に一歩踏み出すまでが描かれます。

 はたして後世に名を残る武将の子供時代とは――大いに気になるところですが、本作の鍋之助は、後世の片鱗を見せつつも、顔も知らぬままこの世を去った父に複雑な想いを抱く、ナイーブな姿が描かれるのが印象に残ります。
 そしてそんな彼が彼なりに悩んだ末にたどり着いたのが、鍾馗を超えるという目標であり、その鍾馗を最初の旗印とした、というドラマは、なかなか興味深く感じます。
(そして興味深いといえば、彼が血槍九郎に槍を学んだという設定には、そうきたか! と感心いたしました)

 本作の忠勝は豪傑というだけではなく、一人の武士として、そして何よりも人として、丁寧にその心の有り様が描かれている――その点に好感が持てるところです。


 もっとも、彼を形作る他の要素に比べると、家康に対する「忠義」の理由が、まだ読んでいてダイレクトに伝わってこないという印象も、個人的にはあります。
 もちろん所々で大器の片鱗を感じさせる家康ですが、彼に対して忠勝が、「そのような立場だから」という以上に忠義を貫く理由を見せることができるか――それはこの後、いよいよ本格的に始まる彼の初陣の中で描かれることになるのかもしれません。


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