東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻 原作のその先の、美しい結末へ
元八丁堀同心・千羽兵四郎が、明治の世に起きる様々な奇怪な事件の渦中で、警視庁を向こうに回して活躍する『警視庁草紙』、その漫画版第五巻に収録されているのは、「幻談大名小路」の完結編であります。按摩が誘われた幻の大名屋敷を巡る怪事件に、意外な結末が訪れます。
ある晩、何者かに襲われていたところを冷や酒かん八に助けられた按摩の宅市。大名小路で殿様と大勢の家臣が集う場に誘われたという彼は、そこで故郷の国家老の息子・奥戸外記が「鶴姫」の行方を詰問されていたのを聞いていたのでした。
一方、小松川の癲狂院を訪れた警視庁の油戸巡査は、その奥戸外記の縊死体を発見。そして癲狂院には外記の妻であった鶴姫が入院していたというではありませんか。
そして宅市が担ぎ込まれた半七親分の家を襲撃してきた奇怪な猿面の一党・山猿組を撃退し、彼らが担いでいた駕籠から、鶴姫を奪還した兵四郎は、一党の根城を突き止めるため、幻の大名小路の正体を追うことに……
既に大火によってこの世から消滅したはずの大名小路に、幻の大名屋敷が忽然と現れる――そんな作中でも屈指の奇怪かつ魅力的な謎を描くこの「幻談大名小路」。しかし物語は、そこからさらに意外な展開をみせることになります。
宅市が耳にした言葉を手がかりに、内藤新宿を訪れた兵四郎。そこで彼はかつての同役の樋口と、その知人の夏目と出会います。それぞれ娘と息子を連れた二人と益体もない会話を交わしていた兵四郎ですが、夏目の息子・金之助が実は宅市が「大名屋敷」に誘われた姿を目撃していて……
と、ここで同時代を生きた人物同士の、あるいはあり得たかもしれない出会いを描く本作。これは山風明治ものお馴染みの(というかこれが元祖ではありますが)趣向ですが、それに慣れた原作読者も驚かされる展開がこの先に待ち受けています。
実は原作ではこのくだりでほとんど物語は終わっているのですが、この漫画版で描かれるのは、その先の物語なのです。
殺された外記らが政府高官であったことから、事件を追うこととなった加治木警部以下警視庁の面々。今井巡査が山猿組の一人を捕らえたことで、警視庁側も事件の真相を知ることになるのですが――山猿組の側のよんどころない事情を知ったとしても、警視庁としては彼らを見逃すわけにはいきません。
そして捕らえたその一人を囮に、藤田と今井の元人斬りコンビは山猿組を誘き寄せようとするのですが……
と、このオリジナル部分の主役となるのは、なんと警視庁側。特に藤田はおいしいところを持っていきまくりで、(この巻の表紙をピンで務めているのも含めて)ちょっと推されすぎでは――という気もいたしますが、大事なのは、彼ら警視庁側が、単純に兵四郎の敵=悪役として描かれているわけではない、ということでしょう。
ここで警視庁の面々が見せる、むしろ兵四郎側のお株を奪うような活躍は、彼らもまたこの物語の主人公であり――そしてこの時代を生きる人間であることを示すものと感じます。
正直に申し上げれば、原作でのこのエピソードは、先に述べたように題材としては非常に魅力的ではあったものの、物語としてはかなりあっさり風味。この漫画版では、そこをアクションを中心に思い切りよく補いつつ、警視庁側の存在感を増してみせた構成で、私は大いに気に入っています。
(ただ、原作ではきちんと解き明かされた謎の一つが、こちらでは省略されているような……)
そして何よりも、こちらも原作ではあっさりしていた結末を、悪夢めいた物語の導入役を務めた宅市を再び起用しつつ、非常に美しく温かい「夢」として再構築してみせたのには、ただやられた! というほかないのです。
さて、この巻のラストからは新章「開化写真鬼図」がスタート。兵四郎が町で取り押さえた男から、いきなり何事か頼まれて――というまだ本当に冒頭部分ゆえ、これからどう転がっていくかはわかりませんが、ここで描かれる兵四郎の活躍ぶりが実に小気味よく、この先の展開も大いに期待しているところであります。
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