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2022.12.07

Kinono『蘭人異聞録 濱田彌兵衛事件』 台湾の民、日本とオランダの間を駆け抜ける

 日本で言えば江戸時代初期の17世紀前半、日本とオランダ、そして台湾が関わった紛争――台湾では本作の副題「濱田彌兵衛事件」、日本では「タイオワン事件」として知られる事件を、台湾の原住民族・シラヤ族の青年の視点から描いた、ユニークな作品です。

 1627年、台南のシラヤ族の村・新港社で暮らす青年・ダライの心をかき乱すのは、オランダや日本といったよそ者の存在――よそ者が来て以来、自分たちの暮らしが変わってしまったと苛立つダライですが、今日も育ての親の長老・ディカは、日本からの使者・濱田彌兵衛を迎え入れて会談の真っ最中であります。
 近年急速に勢力を伸ばし、日本側の生糸の差し押さえなど強引な動きに出るオランダ。その動きに対抗すべく、高砂国(台湾)の民を将軍家光に謁見させんとする彌兵衛の招きで、ダライはディカやその娘・アーシャら新港社の人々と海を渡り、江戸を訪れることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは、オランダの台湾長官ピーテル・ヌイツによる妨害でありました。将軍謁見がなかなか認められないまま江戸に留められる中、ダライは密かに抜け出して江戸城を訪れるのですが――そこで彼は新港社に住み着いたオランダ人青年・フィリップメイとともに、謎の老人と出会うことになります。

 その出会いもあって、何とか将軍との対面を果たしたダライたち。しかしなおも妨害をせんとするヌイツは、ついに強硬手段に出ることになります。ヌイツのもとに捕らわれたアーシャを救出するため、敵地に潜入するダライですが……


 冒頭に述べたように、台湾を巡る日本とオランダの紛争事件でありながら、現代に知られているとは言い難い濱田彌兵衛事件=タイオワン事件。本作はその事件(の前半というべきか)を、台湾の漫画家が描いた、ユニークな作品です。
 何よりもユニークなのは――そしてある意味当然とも言えますが――本作は、日本でもオランダでもなく、台湾の原住民の一青年・ダライの視点から描かれている点でしょう。それも、大のよそ者嫌いと設定することで、どちらかの勢力に基本的に与することない、フラットな立場であるところに、個人的には好感が持てます。

 そして物語の方も、基本的には史実をなぞりつつも、ダライたちシラヤ族の人々のバイタリティ溢れる姿を――それこそ二つの勢力の間を、自由にしたたかに躍動する姿を――描くのが面白い。物語の後半は大半がアクションということもあり、彼らの活躍に引っ張られて、一気に駆け抜けた印象があります。
(ちなみに絵柄の方も、日本人にも親しみやすいものであります)

 忍者が登場したり、江戸城で謎の老人が登場したりとちょっと限界突破した部分もありますが、これは漫画としてご愛嬌でしょう。


 ただ個人的に違和感を感じてしまったのは、書店サイト等に掲載された謳い文句で――「これぞ日本と台湾との協力の原点!」や「迫りくる列強の支配に台湾と日本で一矢報いた」というのは、まあ大きく外れてはいないですが、作品の内容を正確に捉えているかといえば、首を傾げたくなるところではあります。

 本作で描かれる戦いは、日本とオランダがそれぞれやる気満々(作中では末次平蔵の方も、オランダ側に対して刺客を送り込んでいたという設定)だったところに台湾側が巻き込まれた形ではありますし、ダライと手を携え、友情的なものを結ぶのは、むしろ良心的なオランダ人という位置づけのフィリップメイ――と、まあ宣伝文句にあれこれ言うのは野暮かもしれませんが、私はむしろ宣伝文句に警戒してしまったクチなので、その辺りはもったいなく感じたところではあります。


 ちなみにこのタイオワン事件、個人的にはむしろその後、末次平蔵と平戸藩主の松浦隆信が、将軍家光のオランダへの返書を偽造して問題に発展する――しかし何故か有耶無耶のうちに終息してしまう――の方が印象に残っているのですが、それはもう政治の領域の話として、本作からは離れた世界と思うべきでしょうか。

 個人的にも、ダライとフィリップメイのその後の冒険の方を見てみたい――そんな気持ちがあります。


『蘭人異聞録 濱田彌兵衛事件』(Kinono PICK UP PRESS) Amazon

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