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2022.12.08

山崎峰水『くだんのピストル』参 以蔵と晋作 垣間見えた青年たちの「顔」

 周囲の人間の心を読み取る力を持つ少年・くだんが、擬人化された犬だらけの幕末を生きるユニークな時代漫画の第3巻であります。この巻では、前巻でピストールに魅せられた二人の青年――岡田以蔵と高杉晋作の運命が思わぬところで交錯、そして再び龍馬も登場することになります。

 くだんが諸国を流浪する最中も、桜田門外の変、コロリの流行、攘夷意識の高まりと、刻一刻と移り変わっていく時代の情勢。
 そんな中、山中で剣術修行中に獣に襲われた際に山の民が使う銃の力を見せつけられた岡田以蔵、剣術修行中に立ち会った佐藤一(斎藤一)に惨敗したことで象山の塾での経験を思い出した高杉晋作――二人の青年は、それぞれに時代が刀からピストール(銃)に移り変わっていることを思い知り、銃に魅せられていくことになります。

 そんな中、水戸の脱藩浪士たちが、品川の東禅寺で英国公使オールコックを襲撃することを察知し、謎のすたすた坊主とともに、その見物に出かけたくだん。その後、くだんは、襲撃騒ぎに巻き込まれていた以蔵、そして品川で遊び呆けている晋作と再会。三人は、交流を深めることになるのですが……

 というわけで、この巻の前半でクローズアップされる、くだんと以蔵、晋作の三人。くだんは狂言回しとしても、以蔵と晋作というのは――前巻の段階で物語の中心になっていたとはいえ――意外な取り合わせに思えます。
 しかし彼らの生まれや身分というものを置いてみれば、二人ともめぐるましく変わる時代において、己の向かう先に悩み、一種の閉塞感を抱いている青年という点で――そしてこれはいつの時代も共通する青年像ですが――変わることがないといえるでしょう。

 そしてそんな二人の、ある意味裸の交流の中に垣間見えた二人の「顔」――これが描かれる場面は、ある意味不意打ち的でもあっただけにひどく感動的で、個人的にはこの巻のクライマックスといってよいほどにも感じられます。
 しかしだからこそ、彼らが自分たちの立場を思い出し、その青年の「顔」が再び隠れてしまった時の、彼らも結局己を取り巻くものから自由になれないのだという寂寥感は――それを読んでいる自分たちもまたそうだからこそ――強く胸に刺さります。


 さて、元の自分たちに戻るといっても、エリートである晋作と、半ば文字通り武市半平太の走狗である以蔵では、立場が大きく異なります。物語の中盤では視点が土佐に移り、以蔵の悩みはいよいよ高まることになります。

 というのも本作の以蔵は、まだ人を斬っていない。その気になれば斬るくらいの精神を(かつては)持っていたものの、銃の前に武士たちが文字通り犬死していく姿を目にした後では、「人斬り」という称号は、彼にとっては重荷でしかないのであります。
 しかし武市の命は絶対――というジレンマを、くだんが豪快に解決してしまうのにはひっくり返りましたが、さてこのまま人斬り以蔵は人を斬らないのか、はたまた斬ってしまうのか、大いに気になるところです。

 そして大いに気になるといえば、久々に顔を見せた感もある龍馬の動向ですが――土佐藩において武市の勤王党と、吉田東洋ら藩首脳の間で二重スパイとなった彼は、むしろ自覚的に状況を引っ掻き回し、そしてそれを楽しむ存在として描かれることとなります。
 それはかつて彼がその顔を見せたような「世の外側の人間」とはまた異なる、世の内側で混沌を楽しむ、たちの悪い人間という印象で、悲しく感じられるのですが――なるほどこの後登場するトーマス・グラバーとの関わりも含めて、確かに龍馬にはそういうところがあっても不思議はない、と思えてしまうのは、純真な以蔵たちの姿を見ていたからでしょうか。

(にしても、グラバーの龍馬評が「ロキのようだ」というのが面白い。さしずめ漢字で書いたら龍鬼――いやそれはさておき)


 さて、若者たちが再びそれぞれの道を歩む中で――夷人の先輩というべき謎のすたすた坊主とも別れ――上海に渡ろうとするくだん。はたしてその試みは成功するのか、成功したとして、そこで何が描かれるのか。
 これまで世の外側から世を見てきた少年が、さらに世の外側に踏み出した時に何を見ることになるのか――これは大いに気になるところです。


『くだんのピストル』参(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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