平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の5「むつとの別れ・上 八卦置き」 第18章の6「むつとの別れ・下 宇曾利山」
盲目の美少女修法師・百夜と様々な妖の対決を描いてきた『百夜・百鬼夜行抄』――その中でも異色の第十八章もいよいよ終盤。神になる運命を背負わされた少女・むつを導くための旅にも、ついに終わりの時が訪れます。が、百夜とむつ一行の前に、あまりに意外な人物が……
「むつとの別れ・上 八卦置き」
百夜らとの旅の最中で起きた様々な事件の影響もあり、いよいよ神に近づいていくむつ。そんな中、八戸藩に入った一行は、未来の出来事を確実に当てて、米問屋や材木屋に大儲けさせていると評判の八卦置き(八卦占い師)・当来軒道導の噂を聞くことになります。
その当来軒が助けを必要としているかもしれないというむつの言葉に、調べを始める百夜たち。百夜にとっても得体の知れぬ気配を感じさせる正体不明の存在である当来軒は、しかしむつの言葉を聞き、百夜たちの元を訪れてくるのでした。
そして彼が語る身の上の、あまりに意外な内容とは……
むつを津軽に連れていくために旅してきた
百夜たちの旅ですが、本作の舞台は八戸といよいよ終盤。そこで左吉が聞き込んできた八卦置きの話は、確かに奇妙ではあるものの、もはや異界の存在に近づきつつあるともいえるむつが関わるには、いささか小粒の事件では? などと思っていたら――いやはや、まさかこうくるとは!
これはもう内容について明かすわけにはいかないのがもどかしいのですが、ある程度の規模の当来(未来)であれば確実に当てるという当来軒の正体とは何と――これまで付喪神から亡魂、不死者に神仏と様々な存在は登場してきた本シリーズですが、この展開はさすがに予想できませんでした。
もちろんそれでいて、むつとの関連性にはある種の説得力があるのですが――この辺り、ある意味、作者の経歴を見れば納得、といえるかもしれません。とにかく、この章も終盤に来て、先の見えない展開であります。
「むつとの別れ・下 宇曾利山」
当来軒を加え、宇曾利山――恐山の麓に到着した一行。ここでむつとともに、百夜と当来軒は真冬の恐山に登ることになります。
むつの導くままに山頂の宇曾利湖を目指すうち、いつしか隠世と現世の間の山道を行く百夜と当来軒。しかしその背後を、謎の一団が追いかけていて……
ついにサブタイトルの通りむつとの別れが描かれることとなる本作の舞台は、日本三大霊場の一つ・恐山――なるほど、隠世と現世の境目が薄くなる地は、結末の舞台にふさわしいと感じられます。
そこに何のために百夜はともかく、むつと当来軒が訪れたのか、そしてそこで何が起きるのか――それはまさに物語の核心に迫るため書けませんが、なるほどそういうことになるのか、という展開ではあります。
正直なところ、作中で使われている言葉を借りれば「呆気ない」ものではあります。この辺り、当来軒の存在がなければさらにその印象は強まっていたはずで、そのためにも彼の登場があったのか――という気がしないでもないですが、しかしこの結末以外ないのもまた確かでしょう。
この章では完全に百夜を食っていた感もあり、なかなか扱いが難しいキャラではあったむつ。しかし別れともなれば、やはり百夜ならずとも寂寥を感じます。
そして(ラストに来て真の目的を明かした)ある人物の言葉を聞いていると、また別の寂寥も感じられます。人はまだそのレベルにしかないのか、と……
作者の初期作品を連想する、というのは言いすぎかもしれませんが、様々なことを考えさせられる十八章でした。
『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 「むつとの別れ・上 八卦置き」 Amazon / 「むつとの別れ・下 宇曾利山」 Amazon
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