« 小林久三『真夏の妖雪』(その三) 長英脱獄 真夏の雪が象徴するもの | トップページ | 上田朔也『ヴェネツィアの陰の末裔』(その一) ヴェネツィアの史実を巡る魔術師たちの戦い »

2022.12.04

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第7巻 散りゆく綺羅星 さらば土方

 ついにこの物語にも終わりの時がやってきました。新政府軍の総攻撃を前に、最後の戦いの覚悟を決めた旧幕府の脱走軍。しかしあらゆる方面から迫る新政府軍の猛攻は、確実に彼らを追い詰めていきます。はたしてそんな中、土方の戦いの行方は――『星のとりで』完結であります。

 新政府軍の総攻撃が翌日という状況で、武蔵野楼に集い、それぞれの形で別れの盃を交わす脱走軍の面々。そんな中で土方は、相馬主殿に対して最後の命を下すことになります。これまで新選組において、土方に対して複雑な感情を抱きながらも、付き従ってきた相馬の答えとは……

 そして翌日、予想を遥かに上回る規模で始まる総攻撃。もはや五稜郭の他、依るべき陣も砦もごくわずかという状況で、四方八方から、さらに函館湾の深くから攻撃を仕掛けてくる中では、もはや風前の灯であります。
 その中で、蟻通が、古屋が、伊庭が、春日が、中島が――綺羅星たちが次々と堕ちていく中、それでも新選組とともに戦い抜こうとした土方は……


 こうして物語は、始まったその瞬間から定められていた結末を迎えることになります。当然のことながら、こちらもそれを覚悟の上で読んでいたのですが――しかしいざその時が訪れてみれば、やはり辛いとしかいいようがありません。
 もう少し希望はないものか、一矢報いることはできないものか――無理とわかりつつも思わず祈ってしまうのは、これはここまで追いかけてきた読者であれば無理もない話でしょう。
(そんな中で、弁天台場のタニシ取りの場面は数少ない微笑ましい場面でホッとさせられます)

 そして、土方の運命は――これもまた史実をご存知の方であれば言うまでもないことではあるのですが、しかし「それ」を見せるタイミングが非常に巧みで、こうきたか! と感心いたしました。
 そしてそこで描かれた彼の姿は、すでに前巻のラストで幽明の境を踏み越えた感のあった土方に相応しい――そんな印象があります。


 しかし、物語はまだ終わりません。戦いを締めくくることができるのは、戦いの中で散った者ではなく、生き残った者――そんなことを思わせる形で、物語はこの戦いの結末までを、そしてその先を描いて終わることになります。

 希望に満ちた明日ある少年たちの姿を描くことから始まり、次いでその明日の夢に向かって奮闘する大人たち、そしてその夢のために最後の最後まで戦い抜いた土方を描いてきた本作。
 そしてそこで描かれた戦いの終わりが、五稜郭に最後に残った少年である田村銀之助の言葉がきっかけとなるというのは、これは美しい結末と言ってもよいのではないでしょうか。
(そしてその言葉をある意味逆説的に受け止めて大人としての態度を示すのが、大鳥というのもまたいい)

 もちろん、そこにあるのは美しいものだけでは決してありません。単行本に付されたあとがきのページ(ここまでで一つの作品というべきでしょうか)を見れば、その先に待っていたものも、決して平坦な道程ではないことがわかります。
 特に相馬のその後には、やはり何とも苦い気持ちにならざるを得ないのですが――これは物語として、これ以上付け加えるべきでないものであることは理解できます。

 歴史ものとして見た場合、やはり敵側の視点がほとんどない、ある意味非常に主観的な物語であることが気にならないではありません。しかし、土方や新選組だけでなく、旧幕府軍に――それも本当に様々な身分・出自の面々に脚光を当て、それぞれの立場から描いた(そしてそれがまさにコンセプトであって、主観的なのは当然なのですが)本作は、やはり貴重であり、そして非常に魅力的に感じます。

 幕末に輝いた綺羅星たちの束の間の夢と誠を描いた『星のとりで』、これにて大団円であります。


 なお、この最終巻と同時に電子書籍で刊行された番外篇「親子鶴」は、本編でも断片的に触れられた、新政府軍に捕らえられた近藤勇の死の間際を描いた掌編であります。
 正体が暴かれて尋問を受ける間、豊田市右衛門宅に留められた近藤と、彼のもとに訪れて一緒に折り紙を折る少女の束の間の交流を描く――そんな本作で、本編では描かれることのなかった作者のもう一つの作風に近い内容で、切ない印象を残します。


『星のとりで 箱館新戦記』第7巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon

関連記事
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第4巻 「新選組」の名を背負う者たちの眼差し
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第5巻 終わりの始まり そして別れの時
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第6巻 総攻撃前夜 物語は将星の下へ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 小林久三『真夏の妖雪』(その三) 長英脱獄 真夏の雪が象徴するもの | トップページ | 上田朔也『ヴェネツィアの陰の末裔』(その一) ヴェネツィアの史実を巡る魔術師たちの戦い »