東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第6巻 追い詰められた兵四郎 悪党に転向!?
元八丁堀同心・千羽兵四と警視庁の面々の虚々実々の知恵比べを描く『警視庁草紙』漫画版も好調のうちに第六巻であります。この巻で展開するのは「開化写真鬼図」――明治の御代に繰り広げられる果たし合い騒動が、思わぬ深刻な(?)事態に発展していくことに……
新橋で女性――唐人お吉に絡んでいた男を一ひねりした元八丁堀同心郎。しかし熊本の桜井直成と名乗った男は、かえって兵四郎に心服し、果たし合いの介添人を頼んできたのであります。横浜の女郎である小浪の存在がきっかけで、果たし合いをすることになったという桜井ですが――もちろん、果たし合いというからには相手がおります。
その相手は剣豪・上田馬之助の鏡新明智流道場に通う青年・東条英教――そして馬之助を警視庁の剣法師範に招聘しようと道場を訪れていた警視庁の油戸巡査が、東条の純情にほだされて彼の側の介添人に名乗りを挙げたことから、事態は思わぬ方向に転がっていくことになります。
何しろこの時代、既に果たし合いはご法度――その果たし合いに巡査が一枚噛もうというのだから既に問題ですが――兵四郎もそれはわかっているだけに、果たし合いの場には宗十郎頭巾をかぶってきたのですが、豈はからんや、それが彼の命に関わりかねない事態を引き起こしてしまうとは。
というのも、油戸をつけてきた加治木警部が頭巾姿の兵四郎を目撃、それが「人も獣も天地の虫」で自分たちを虚仮にした相手だと気付いてしまったことから立ち会いに乱入――その場は逃れた兵四郎ですが、桜井は警察に捕まってしまったのであります。
ここで兵四郎の素性を知っている桜井が白状してしまえば一巻の終わり。桜井と入れ替わって一緒に逃げてきた東条とともに、まずは隅のご隠居のところに身を寄せた兵四郎は、桜井を何とか奪還せんとするのですが……
これまで警視庁をさんざん虚仮にして、格好良いところを独り占めしてきた感もある兵四郎。そしてその虚仮にしてきた理由も、基本的に誰か他人のためであったのですが――しかし今回は発端はさておき、兵四郎は自分が助かるために奔走することになるわけで、これは結構格好悪いものがあります(もっともそれが楽しいのですが)。
それもそのための手段として、桜井と東条の果たし合いの発端となった小浪と、彼女の今の旦那である陸軍少将・種田政明のとんでもない写真を撮ろうというのですから、もはや悪党というほかありません。
が、この兵四郎の悪党ぶりのエクスキューズ(?)のために、原作に登場しない五林亭の席亭・青木弥太郎と圓朝を持ってくるのはなかなかユニークな展開ではあります。そしてこの弥太郎が、原作では隅のご隠居が担当した、唐人お吉の真実と現在の小浪の居場所を語る役目を担当するのも、納得できるところではあります。
しかし残念なのは、原作ではここでご隠居が東条青年を相手に、独自の歴史観、維新観を語るくだりが、ばっさりとカットされていることでしょう。この辺りはご隠居というより完全に山風先生の語りであっただけに――そして語る相手が相手であっただけに、是非とも残しておいて欲しかったところであります。
さて、なにはともあれ、この章のキーワードである「写真」が登場し、いよいよ兵四郎たちの悪党ぶりも本格的になっていくのですが――さてこの結末がどう描かれるのか。原作ではかなり無茶な話であっただけに、アレンジが欲しいところですが……
それにしても、藤田が桜井を尋問するとき、頭巾姿の兵四郎を指して「あの鞍馬天狗は誰だ?」という台詞はアリなのかどうか。あの世界に鞍馬天狗がいれば、元新選組が知っていて当然ではありますが(いやそうか?)
もっとも、原作にはさらに問題な「御免下され、池波正太郎どの」という迷台詞があったわけですが……
『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第6巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon
関連記事
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻 敵たる「警視庁」こそを描く物語
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第3巻 前代未聞の牢破り作戦、その手段は!?
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第4巻 天地逆転の悲劇にも屈しない者
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻 原作のその先の、美しい結末へ
| 固定リンク