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2023.01.29

安達智『あおのたつき』第10巻 再び集結廓番衆 そして冥土と浮世を行き来するモノ

 最近では紙の単行本も好評刊行中の『あおのたつき』、電子書籍版はついに十巻の大台に達しました。この巻では、故あって壊れてしまった薄神白狐社の母屋を直すため、吉原の廓番の面々が集結し、何とも賑やかな騒動が始まります。しかしその陰に、不穏な気配が忍び寄ることに……

 山田浅右衛門吉睦に破門された末に生きながら悪霊と化した元弟子との戦いで暴走し、巨大な怪物になりかけた鬼助。あおと楽丸の奮闘で悪霊は祓われ、鬼助も元に戻ったのですが――一見落着と思いきや、薄神がぐったりと弱ってしまったのではありませんか。
 実はこれは鬼助によって母屋の屋根が壊されたためで、母屋を直せば薄神の具合も良くなるはずですが――しかしその費用は十八両。そうそう簡単は出せない金額に驚く一同ですが、そこに駆けつけたのは、何と廓番の面々だったのです。

 喜丸、怒丸、哀ゐ丸、そして恐丸――いずれも以前、楽丸に、そしてあおに修験を行うために現れたちよっとおっかなかった面々ですが、しかし既に修験を乗り越えた今となっては、頼もしい先輩方であることは間違いありません。
 そして彼らそれぞれが特技と個性を発揮して、いかにもらしい姿を見せてくれるのは何とも楽しく――これまで物語の性質的に重く哀しい内容が少なくなかった本作だけに、この明るさや賑やかさは、何とも嬉しく感じられます。

 が、そんな中で一人どんよりしていたのは哀ゐ丸。五人の中で唯一女性の姿を持つ彼女は、楽丸にぞっこん――それだけに同じ女性で、楽丸と行動を共にしているあおの存在には、内心穏やかではいられません。
 以前の修験であおのことを一度は認めておいてこれというのも困ったものですが、しかしだからといってどうできるわけでもなく――というところでフォローに入ったのは何と恐丸!?

 そのフォロー方法もなかなか巧みなのですが、しかし注目すべきはその時の彼の表情。いつもは苦虫を噛み潰したような顔が、ここでは――と、あなたもどれだけ楽丸に甘いのですか、という感じですが、これはこれで微笑ましくも嬉しい展開ではあります。
(しかしここで描かれたあおと楽丸の姿、これはこれでなかなかいい感じなのでは――などというと、また哀ゐ丸が泣いてしまいますが)


 さて、廓番衆、そして氏子たちのおかげで無事母屋も直った薄神白狐社ですが、時期はもうお盆。冥土の吉原においてもひときわ賑やかになる季節で、社でも様々な香具師たちが集まるのですが――そこに不気味な傀儡師・魂迎鳥の文目が現れます。
 死出の山を越え浮世と冥土を行き来すると称し、軽薄な態度を見せる文目ですが、廓番衆たちからは睨まれ、疎まれる存在。そして廓番衆からは安易に近づくなと言われたにもかかわらず、あおは浮世に届け物をすることができるという文目の言葉に引き寄せられてしまうのでした。

 あおが届け物をしたい相手とは、彼女にとって最大の未練である生き別れの妹。しかし彼女が妹への届け物を託す前に、脇から浮世に遺した敵娼に届け物を託したいという男が現れ……

 と、この巻の後半で登場するのは、廓番衆からは白眼視されながらも祓われない(=悪霊の類ではない)という、これまでにない奇妙な立場の文目。そしてその稼業は、冥土の者が浮世に遺した未練を解決するという点では、ある意味廓番衆の役目に近いものがあります。
 (こういうジャンルがあると言ってよいかはわかりませんが)人の心や魂を救う役目を描く物語には、しばしば、似て非なる形でどうようなことを行うライバルが登場する印象がありますが、文目もそれに近い存在と言っていいのかもしれません。

 しかしそれはあくまでも表面上が似ているだけで、その実は全く異なることがやがて明らかになります――それも、非常に恐ろしい形で。その落差は、この巻の前半、神社の修繕のエピソードが、先に触れたように明るく楽しいものであっただけに、強烈なインパクトを持ちます。
 そしてまた、それが真の救いなどではないことは、楽丸の言葉が、これまでの物語が証明しているのですが――しかしわかっていても惹かれてしまうのが人の性であります。

 はたしてこの先もあおがこの誘惑に抗うことができるのか――この巻で仄めかされた、薄神白狐社の本殿に秘蔵されたものの存在を含めて(それはおそらく未だ語られていない楽丸の過去に関わるものではないかと想像しますが)、この先の物語も気になるところです。


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