霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』 函館の短い夏を彩る三つの物語
漫画版の連載もスタートし、勢いに乗っている『神様の用心棒』、原作はこれで早くも第五弾であります。夏の函館を舞台に、町の人々を守るため、その刃を振るう宇佐伎神社を守る用心棒・兎月――本作では、ちょっと苦い味わいの全三話が収録されています。
箱館戦争で命を落としたはずが、十年後に目覚めることになった旧幕府軍の青年・兎月。函館山の宇佐伎神社に勧請された月読命の分霊・ツクヨミによって甦らされた彼は、以来、神社の用心棒として、その愛刀で怪ノモノと戦ってきました。
函館山から昇天するはずの箱館戦争で死んだ者の霊のうち、恨みや無念を抱いた者が変化した怪ノモノ――隙を見ては町に降り、人を害しようとする彼らと戦う中で、兎月とツクヨミは、函館の町の人々と出会い、関係を深めていくことに……
という基本設定で展開する本シリーズでは、大体一巻で一つの季節が描かれてきましたが、今回の舞台となるのは夏。決して長くはない函館の夏に描かれるのは、三つの物語であります。
他人と普通に言葉を交わすことができないものの、優れた才能を持つ絵師・藍介。彼が、自分の面倒を何くれとなく見てくれてきた弟子で商家の隠居・おえん殺しの疑いで捕らえられたのを救うため、兎月が奔走する「もの言わぬ絵師」
見世物小屋で人魚に扮する女芸人・お蔦と知り合う一方、幽霊となってお百度を踏む娘・お栄を成仏させるよう顔見知りの豊川稲荷に依頼された兎月が、お栄の死の思わぬ真実を知ることになる「人魚の遺言」
函館山から大量に現れた怪ノモノの一匹を町に逃してしまった兎月。その後、町では原因不明の神隠しが相次ぎ、自分の顔見知りも姿を消したことから行方を追う兎月が、悍ましい真相に遭遇する「閉ざされた家」
元々本シリーズは、兎月と怪ノモノの対決という、妖怪退治的要素の強いエピソードだけでなく、ほのぼのとした味わいの一種のミステリや人情もの、あるいはそれとは正反対の真正面からのホラーなど、様々なスタイルのエピソードが描かれてきました。そのバラエティの豊かさが本シリーズの魅力ですが、その点は本作も変わることはありません。
人情ミステリというべき第一話、幽霊の無念を晴らすという物語という点ではミステリ的趣向ながら、同時に薄幸の女性の姿を描くドラマである第二話、そして正面切ってのホラーである第三話――特に第三話は、怪異が出現する前兆の場面から既に震え上がるほど怖いのですが、そこから怪異の姿、そして後で明かされる因縁の正体まで、かなり強烈で印象に残る内容となっています。
(と、実は第二話も相当怖いオチなのですが……)
そんな中でも、各話に共通するのは、生きづらさを抱えた人々、普通の暮らしから外れざるを得なかった人々の姿であり、そこには何とも言えぬほろ苦さがあります。
しかしそんな人々の姿を見つめ、受け止める(あるいは引導を渡す)のが、既にこの世にはないはずの者である兎月である点から、本作ならではのどこか優しい味わいが生まれていると言えるかもしれません。
なお、本作には上に紹介した他、幕間として、和菓子屋の未亡人・お葉さんを助けてきたちいさな奇縁を描く「ちいさな人」、兎月とツクヨミ、ドルイドの血を引く貿易商・パーシバルの休日を描く「函館山ピクニック」という、二つのショートエピソードが収録されています。
どちらもシリーズ当初からのレギュラーたちの姿を描くものとして、重めの話の多かった本作の、よいアクセントになっていると感じます。
そしてレギュラーといえば、皆さんお待ちかねの「あの方」ですが――今回は兎月の回想の中に登場。いつもながらの格好良さ&微笑ましさですが、なるほどこういう出し方もよいなあと納得であります。
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