畠中恵『こいごころ』 しゃばけ、久々の純粋な短編集
『しゃばけ』シリーズ第21弾となる『こいごころ』は、これまでのシリーズ同様に全五編の短編を収録。ただし、最近のシリーズでは毎回、ある程度連作ものとしての要素があったのに対し、今回は(外伝を除いては)久々にほぼ純然たる短編集になっています。以下、今回の収録作について紹介しましょう。
「おくりもの」
取引先の三野屋から相談を受けた長崎屋。三野屋の子が麻疹にかかっているのに伊和屋に遊びに行き、先方で麻疹をうつしてしまった詫びをしたいというのです。贈り物を考えるため、伊和屋を訪ねた若だんなですが、そこでは主の縁談を巡って揉め事が……
伊和屋と、伊和屋との縁談が破談になった先の揉め事がメインとなるこのエピソード、そもそも何故破談になったのか、両者の言い分が食い違っているのが問題なのですが――そこで若だんなが見出した真相は、きちんとミステリとして伏線を踏まえつつも、同時に「今」の世情を感じさせるものになっているのが面白いところです。
(ただし、『しゃばけ』でやる必然性は小さめという気もしますが……)
「こいごころ」
ある晩、若だんなの夢の中に現れた妖狐の老々丸とその弟子・笹丸。笹丸の妖の力が尽きかけていることを心配する老々丸は、若だんなの祖母・おぎんを通じて荼枳尼天の庭に笹丸を預けたいというのです。
引き受けた若だんなは、広徳寺の寛朝和尚を頼ろうとするのですが、寺では保護していた化け狸が逃げたと騒動になっていて……
若だんなに頼み事をしてくる妖が少なくない中で、かなり一方的な印象もある今回の老々丸と笹丸。何だかすっきりしない展開に、若だんな以上に長崎屋の妖たちが納得しないのでは――と思いきや、何故か彼らは笹丸に優しいのに、さらに疑問符が浮かびます。
実は本作は、シリーズでも珍しい○○もの。その辺りは若だんなが一手に引き受けている上に、妖たちの不滅ぶりには慣れていたわけですが――そんなこちらの心に突き刺さるような物語展開は印象に残ります。
「せいぞろい」
若だんなの誕生日を祝おうと宴会を準備していた長崎屋の妖たち。しかしそこに河童や猫又、天狗たちが加わり、さらに最近江戸で続く押し込みを心配した日限の親分も参加することになって、皆は頭を抱えることに……
冷静に考えれば時代ものではかなり珍しい気もする(数えでは新年で歳を取るので)誕生日パーティーを題材とした本作は、タイトル通りに江戸近辺の妖など、シリーズのサブレギュラーの多くが登場する賑やかな一編。
もちろん賑やかなだけでなく、そこに押し込みの奪った金が逆に何者かに奪われるという謎もありますが、そちらの要素はちょっと控えめかもしれません。
「遠方より来たる」
若だんなの主治医・源信先生が隠居することになり、後任選びが町の話題になるまでになります。源信の弟子たちや、妖医者の火幻など、候補者が五人に絞られた中で、源信の診療所で騒ぎが……
ある意味、シリーズを陰で支えてきたともいえる若だんなの主治医を巡るエピソードですが、なるほど、薬種問屋の子である若だんなを診る医者というのはハードルが高く、騒ぎになるのも納得です。
さらに今回は、佐助の過去の因縁も描かれる――と思いきや、こちらは腰砕けなのが残念なところです。
「妖百物語」
百物語を最後まで語ったところ、本当に怪異が現れたという噂で、百物語の会が大はやりとなった江戸。若だんなと、新たな主治医である火幻たちもそこに招かれるのですが、若だんなたちには、怪異と会うに会えない理由があって……
これまでありそうでなかった、百物語を題材とした本作、百物語の最後に現れる怪異が怖い、避けたいというのは普通の感覚ですが、ここで描かれる若だんなと長崎屋の妖たちが怪異を避けたい理由は、まさに本シリーズならではのもので、「そうきたか!」と感心したり可笑しかったりであります。
そしてそこに愚かな連中が絡んで大変なことに――というのは予想がつくところではありますが、そこで出現する怪異の描写は、普段怪異慣れしている若だんなや読者も震え上がるようなもの。あくまでも長崎屋の妖は特別――そんなことを再確認させられます。
というわけで 全五話、もちろん面白いのですが、連作味がないとちょっと物足りないかな……というのは贅沢でしょうか。
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