手塚治虫『火の鳥 黎明編』 長大な物語の始まりにして一つの帰結
今頃で本当に恐縮ですが、そういえば取り上げていなかった――と気づいた『火の鳥』。この大名作を避けて通るとはとんでもない! というわけで、これから少しずつ取り上げていきたいと思います。まずは最初のエピソードであり、3世紀を舞台とした『黎明編』から……
クマソの村で、重い病に苦しむ姉・ヒナクを持つ少年・ナギ。ヒナクの夫は火の鳥の生き血を求めながらも炎に包まれて命を落とし、彼女は村に流れ着いた医師・グズリによって救われます。それが縁でやがて結ばれたグズリとヒナクですが――実はスパイであったグズリの手引でヤマタイ国の軍勢が襲来し、クマソはナギ一人を残して皆殺しにされるのでした。
ヤマタイ国の防人の隊長である猿田彦に拾われ、奴隷として連れ帰られるナギ。ナギに火の鳥を狙わせるため弓を仕込む猿田彦と、その猿田彦の命を狙うナギ――二人の間には、いつしか奇妙に親子じみた情愛が生まれることになります。
しかしナギは女王ヒミコの命を狙って失敗、彼を庇った猿田彦は罰で蜂が一杯の牢に閉じ込められ、瀕死の状態となります。折りよく発生した日食の隙に脱出し、クマソに向かった二人ですが、ヒミコの命で二人を、いや火の鳥を狙う軍勢が押し寄せます。しかしその時、火の鳥の棲む山が大噴火を起こし……
古代から遠未来まで、遥かな時の流れを舞台に、不老不死を求める人間たちの姿を描いた『火の鳥』。その最初のエピソードが、この『黎明編』であります(『漫画少年』版は? とか『少女クラブ』の三編は? とか言わない)。
この島にクニが生まれ始めた三世紀を舞台とした本作は、ヤマタイやヒミコといった歴史書に登場する存在だけでなく、イザナギ(ナギの本名はイザ・ナギ)や猿田彦、スサノオといった神話からのネーミングのキャラクターも配置して自由奔放に展開することになります。(実際にヒミコと結びつけて主張されることもある天岩戸神話を思わせる日食のエピソードも登場します)
物語後半では、江上波夫の騎馬民族征服王朝説を取り入れたと思しき騎馬民族(その王の名はニニギ!)も登場し、国々の興亡とそこに関わる人々の生き死にが描かれていくことになるのです。
そしてそれを見つめるのが、不老不死の存在たる火の鳥なのですが――火の鳥が見つめる登場人物たちは容赦なく過酷な運命を味わい、赤子であっても次々と命を落としていくことになります。それはまさに決して滅びない、滅んでも復活する火の鳥とは対象的であり、不老不死ではない人間の命の儚さを描く物語の姿勢は、冒頭から一貫しているといえるでしょう。
しかし物語が描くのは、命の儚さだけではありません。儚いからこそ得られる意味も幸福もある。たとえ儚くても、この広い世界に広がり、命を繋いでいくことができる――そんな命の意味を同時に描く本作は、冒頭にして既に一つの結論を描いていた印象すら受けます。
特にラストで後者を体現するものとして描かれるキャラクターの姿は、クニという人々を縛る存在を中心に描かれる本作において、大いに象徴的に感じられます。(もっともヤマト編では……)
その一方で火の鳥から前者を語りかけられながらも理解できなかった者はやがて悲劇的な運命を辿る辺り、やはり無情とも無常ともいうほかありませんが――いずれにせよ、『火の鳥』という長大な物語の始まりにして一つの帰結である本作の凄み、重みを感じた次第です。
しかし大上段に振りかぶっておいてからキャラ萌え的な視点もいかがなものかと思いますが、本作の天弓彦は、作中の全ての言動が、ニヒル系キャラとして完璧なのではないでしょうか。
『火の鳥 黎明編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集 全2巻ほか) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
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