田中芳樹『ラインの虜囚』 目指すは生きていたナポレオン!? 少女と三人の豪傑の冒険譚
SF、ファンタジー、歴史と様々なジャンルで活躍する田中芳樹は、西洋伝奇の名手でもあります。本作は講談社ミステリーランドで発表されたYAの快作――1830年の欧州を舞台に、カナダから来た少女と頼もしき三人の仲間が、ライン河畔の謎の塔にまつわる冒険を繰り広げます。
パリの伯爵家から出奔した父と、カナダの先住民の母の間に生まれた少女・コリンヌ。父亡き後、祖父ブリクール伯爵に呼ばれてパリに向かった彼女は、伯爵から孫と認めるための試練を課されることになります。
ライン河の東岸に立つ「双角獣の塔」――その中に、死んだはずのナポレオンが幽閉されているという噂の真偽を確かめろという伯爵。コリンヌは、父の名誉のために、その奇妙な試練に挑戦することになります。
彼女を助けるのは、パリで知り合った三人の個性的な仲間――借金取りと編集者に追われる自称天才作家アレクサンドル・デュマ、三つの国でお尋ね者となっている海賊紳士ジャン・ラフィット。そして元軍人らしい謎の酔いどれ剣士モントラシェ。
義侠心から彼女を助けることになった三人とともにラインに向かうコリンヌですが、一行の前には、パリの裏社会を支配する「暁の四人組」が幾度となく立ち塞がります。
四人組の妨害を切り抜け、コリンヌたちはラインにたどり着けるのか。プロイセン軍が守る塔に幽閉された仮面の男の正体とは、そして試練の先に何が待つのか――コリンヌと三人の仲間の冒険は続きます。
近世から近代が移り変わっていく激動の時代であった19世紀前半――本作はその変革の立役者の一人であり、ある意味本作の中心ともいうべきナポレオンの死から9年後を舞台に描かれる、胸躍る冒険活劇であります。
そもそも、セントヘレナ島で死んだはずのナポレオンが、ライン河のほとりの古塔に幽閉されているらしい――という発端からしてもちろんワクワクさせられますが、さらにたまらないのは主人公の仲間たちの顔ぶれであります。
何しろ真っ先に登場するのが若き日の大デュマ――もちろん本作ならではのアレンジが加えられているはずですが、しかしその能天気で豪快な姿は、様々な逸話に残るデュマそのものでありますー何よりも、(それなりにしょうもない事情はあるとはいえ)出会ったばかりの見ず知らずの少女のために冒険行に乗り出すその侠気は、実に「らしい」と嬉しくなります。
そして次に加わるのはジャン・ラフィット――フランス生まれで新大陸で海賊として大暴れしただけでなく、米英戦争ではアメリカに協力してイギリス軍に被害を与えた快男児。義賊であったとか莫大な財宝を隠したといった伝説を持ち、実はディズニーランドの「カリブの海賊」の題材にもなっている大物であります。
そしてもう一人、モントラシェは――これは偽名でその正体は終盤まで不明ながら、フランスの将軍であったデュマの父のことを知り、それどころか生前のナポレオンのことまで知っているという、いかにも曰く有りげな人物。その正体はなんと――これまた西洋伝奇活劇好きにはたまらない人物で、こう来たか! と大いに驚かされること請け合いであります。
ちなみに本作を通しての敵である「暁の四人組」は、あの『レ・ミゼラブル』のキャラクター――というわけで虚実入り混じった登場人物たちが縦横無尽に暴れまわる様は、これはもう伝奇小説の興趣横溢というほかありません。
さて、そんな三人に支えられるコリンヌ自身は、まだ何者でもない十六歳の少女に過ぎません。しかし彼女は同時に、単に助けられ守られるだけの存在などではなく、自分の意思をはっきり持って突き進んでいく勇敢な少女であり、その姿には素直に好感が持てます。
そしてそんな少女を、騎士として紳士として――いやむしろ父のごとく兄のごとく三人の豪傑が支える、その関係性自体が、ひどく感動的に感じられます。冒険する者に男女の違いなどなく――そこにあるのは未来の自分を振り仰ぐ若者と、かつての自分を見守り導く壮者の姿があるのみのですから。
そしてだからこそ、結末で語られる四人の後日談が――特にコリンヌのそれが、強く胸に響くのであります。
豪傑たちが活躍する痛快な西洋伝奇であると同時に、歴史の中に確かな自分の足跡を残した者たちの姿を描く歴史物語でもある――名手ならではの佳品であります。
『ラインの虜囚』(田中芳樹 講談社文庫) Amazon
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