貘九三口造『ABURA』第1巻 仲間のため 油小路に七人の御陵衛士立つ
すぐに思いつくだけでも現在連載されている新選組漫画は4,5作品はあり、新選組の変わらぬ人気ぶりを感じます。そしてそんな新選組漫画の中に、特にユニークな作品が加わりました。『ABURA』というタイトルから察せられるとおり、あの油小路事件を題材とした物語であります。
油小路事件――薩摩藩の動向調査と御陵の警護を名目に新選組から離脱した御陵衛士が、京都油小路で新選組に襲撃を受けた、新選組最後の内部抗争などとも言われる事件であります。新選組から「離脱」した以上、「内部」と言ってよいか微妙な気もしますが、しかし数ヶ月前まで新選組の同志であった者同士が殺し合ったという事実に違いはありません。
近藤勇との会談に単身赴いた帰りの御陵衛士の長・伊東甲子太郎を新選組が暗殺、その亡骸を油小路七条の辻に放置して御陵衛士たちを誘き寄せ、現れた七人の御陵衛士に集団で襲いかかった――幕末ファン、新選組ファンであればほとんど常識の内容かと思いますが、本作はその伊東甲子太郎の死からスタートするという、本当に油小路事件のみを題材とした、実に潔い構成の作品です。
もちろん、途中で登場人物の挿話を描く際に過去の出来事も描かれるのですが、短編作品以外で油小路事件のみを描くというのは、非常に思い切った――そして何とも興味を惹く試みであります。
さて、その本作は、御陵衛士サイドの視点から描かれることになります。この視点から見れば(いやまあ大体第三者から見ても)伊東甲子太郎を闇討ちしたのはともかく、その亡骸を晒しものにするというのはあまりな行い。そんな状況に我慢できるはずもなく、その夜凶報を受け取った七人の御陵衛士は、そこが死地であることを承知で油小路に駆けつけ――というわけで、この七人が本作のまず主人公格と言ってよいでしょう。
その七人とは――
藤堂平助
服部武雄
鈴木三樹三郎
毛内有之助
加納道之助
富山弥兵衛
篠原泰之進
有名な人物もいればそうでない人物もいるわけですが、本作の七人は、いずれも一芸に秀でたツワモノ揃いという設定。その姿を見れば『ABURA』というより『ABURA7』と呼びたくなります。
そしてこの巻でメインとなるのは表紙を飾る藤堂平助。個人的には藤堂はご落胤説の影響か、細身の青年というイメージを勝手に持っていため、正直なところ初めは表紙が藤堂と思い至らなかったのですが――額に傷持つ熱血キャラというのも、なるほど「さきがけ先生」的には正しいのかも、と納得であります。
そして作中でも藤堂は仲間のために先陣を切って突っ込むキャラクターとして、実に少年漫画的な活躍を見せることになります。さらにそこには永倉との友情が絡み――と、実に彼が主人公でもおかしくはないのですが、しかし残酷な史実からは逃れられないことを、本作は容赦なく描くのです。
(それにしてもいかに御陵衛士視点とはいえ、三浦常三郎はあまりに損な描写では――彼を追い込んだのが新選組のシステムそのものだったという皮肉は理解しますが)
さて、御陵衛士が圧倒的劣勢の中で、一人強烈な存在感を放つのは服部武雄。あの有名な、一人で鎖帷子を着込んで出陣したという、彼の実戦派(というかこれは他の面子が慌てすぎでは……)エピソードもきっちり描かれますが、彼の二刀流の本領発揮はいよいよこれからであります。
題材的にあまり長い作品にはならないとは思われることもあり、この服部の戦いが最大のクライマックスではないか――そんな予感がしますが、ビジュアルの迫力も問題なしの本作で服部がどのように描かれるのか、次巻が楽しみであります。
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