東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第7巻 剣なき時代の剣士たちの物語、開幕
なんと四ヶ月連続刊行となるらしい漫画版『警視庁草紙』、絶好調の第七巻であります。この巻では「開化写真鬼図」編が完結、そして大作「残月剣士伝」がスタートすることになります。明治の世に生き残ってしまった剣士たち――彼らの向かう先は何処か?
果たし合いの介添人を引き受けたものの、果たし合いの当事者の一人・桜井が警視庁に捕らえられたことで、思わぬところから正体露見の危機に陥ることとなった千羽兵四郎。桜井が自分のことを白状する前に、何とか奪還しなければ焦る兵四郎に、隅のご隠居はとんでもない策を吹き込むことになります。
その策に従い、桜井たちの果たし合いの原因である女郎の小浪と、彼女を落籍せた陸軍少将・種田政明の、こ、交合写真を撮って警視庁を脅すことになった兵四郎。覆面の曲者となり、種田と小浪、そして写真家の(これは実はグルの)下岡蓮杖を脅して、ついに撮影と相成ったのですが……
しかしこれは客観的に見れば、どうにも非道い策ではあります。なにしろ警視庁を脅すというのはさておき、その手段というのが、無関係とは言い切れないものの、とはいえとばっちりに近い女性を辱めることで成立するものなのですから。
そんなわけで読んでいるこちらも、スッキリしないものを抱えていたのですが――いやはやここでは、そんなこちらの、いや兵四郎たちの思惑をよそに、この非道い出来事の全てを受け止めて見せる、途方もない小浪の、いや女性の力というべきものが描かれることになります。
もちろんこれは一つの都合の良いフィクションかもしれません。しかし山風作品ではしばしば描かれるこのシチュエーションを、このような形で画にするとはと、舌を巻いた次第です。
そこからご隠居が東条青年を相手に、独自の歴史観・維新観を語り(前巻の段階で、原作にあったのにカットされたと散々ブーたれたら、場所は変わったもののしっかりと描かれました。すみません)、そして兵四郎の策が当たったものの、思わぬそしてとんでもない結果を招き――と、実に本作らしい形で終わりを迎えることとなったこのエピソード。
さらに漫画版オリジナルのエンディングとして、写真に映る自分の姿に複雑な想いを抱く兵四郎の姿を描いた上で、それを受け止めるお蝶と二人のラストカットに、目頭が熱くなるのです。
そしていよいよスタートするのは、剣なき時代を生きる剣士たちの物語「残月剣士伝」であります。
かつて各道場で名を馳せた剣士たちが客を前に勝負を繰り広げる「撃剣会」興行。狭いところに人が密集して治安にも影響が出かねない――というだけでなく、巡査としてかつての剣士たちを集めている警視庁としては、名剣士たちを集めるこの興行は、ライバルというべき存在であります。
しかもその元締めは、あの龍馬を斬った男・今井信郎が恐れる彼の師にして直心影流皆伝の最後の剣客・榊原鍵吉――これまたおいそれと手を出すのも難しい相手であります。
しかしこの撃剣会をプロデュースしているのは、榊原道場にたむろっている中でも特に怪しげな、加賀からやってきた四人組。しかもこの四人組、警視庁の巡査たちを前に恐れるどころか平然と挑発してのける怖いもの知らずの連中です。
そんなイキってる若い衆に対して、どうにも重たいのは幕末世代であります。かつての講武所の友たち(名字!)と、彼らとの別れを思い出して悄然たる気持ちになる兵四郎。自分の昔の名前を呼ぶ人間と対面すれば、それが会いたくもない相手で、昔の厭な記憶を甦らせてしまう藤田……
この巻の時点では物語はまだ動き出したばかりですが、ここまで述べたように、新旧の、そして敵味方の剣士の想いが様々に絡み合い、いつ爆発してもおかしくない状況であります。
そして、藤田の前に現れたある人物の発案で、いよいよ警視庁も撃剣会潰しに動き出すのですが――さてその手段とは、そしてその結果とは。警視庁側、というより藤田の掘り下げも多いこの漫画版だけに、どこに物語が転がっていくのか、次巻も見逃せません。
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