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2023.02.13

佐和みずえ『コカチン 草原の姫、海原をゆく』 モンゴルの少女、まだ見ぬ砂漠の国へ

 元の皇帝フビライの娘として生まれながらも、遠くイル・ハン国の王に嫁することになり、マルコ・ポーロとともに西に向かったというコカチン姫。本作はこの実在の人物の旅を題材とした冒険ファンタジーであります。草原から海原を越え、砂漠の地へ向かう少女の、運命の冒険が始まります。

 当時世界一の帝国であったフビライ・ハンが溺愛し、その勇猛ぶりから男なら皇太子間違いなしと言われたコカチン姫。しかし、フビライの娘を妻にしようというイル・ハン国のアルグン王が送った使者に見初められたことから、彼女の運命は大きく動き出します。

 大きく年の離れたアルグン王との結婚は気に染まぬものの、皇帝に二言はないとイル・ハン国に送り出されることとなったコカチン。当時フビライに仕えており、故郷に帰るというマルコ・ポーロとともに船旅で遠くイル・ハン国に向かうこととになった彼女は、向かう先で様々な危機に襲われることになります。
 泉州からの航路では海賊の襲撃を受け、真蝋国では深い眠りについたジャヤバルマン王を助けるよう求められ、獅子国では子供を拐う人面鳥身の鬼女と対決し、ハルジー国では王女に憑いた何者かの魂と対面、そしてホルムズからタブリーズまでの砂漠では悪魔の風に巻き込まれる……
 
 数々の冒険に、持ち前の勇気と機転で挑むコカチンを何くれとなく助けるのは、あのアルグン王の使者である青年・パルム。初めは彼の言動に反発していたコカチンですが、旅が続くにつれて……


 冒頭に述べたとおり、実在の人物であり、マルコ・ポーロとともに旅をしたことで一部に知られる――恥ずかしながら存じ上げなかったのですが、幻の名作『マルコ・ポーロの冒険』にも登場していたとのこと――コカチン(コケジンとも)姫を主人公とした本作。

 (作中でも語られているとおり)和蕃公主という言葉があるように、中国の皇帝の娘が、政略結婚で異民族の王に嫁がされる例というのは数々あり、コカチンも(相手は一応同族ではありますが)その一人といえるでしょう。しかしどんな大義名分があろうとも、今の目で見れば、やはり一人の女性を道具同然に扱うというのはとんでもない話ではあります。
 史実のコカチン姫も、ある意味本作よりも遙かに苦難の人生を送ったようですが――本作は、史実の根幹は変えないものの、コカチンをバイタリティと好奇心溢れる少女として造形することで、爽やかな印象を与える児童文学とすることに成功しています。


 とはいえ、正直なところ、ある意味コカチンは完成された人格であるため、成長物語という点ではちょっともの足りない点はあるかもしれません。しかしその代わりというべきか、コカチンの内面は、パルムとの関係性という点で、変化していことになります。

 何かと自分の行動に口を挟み、そして自分の窮地には必ず助け船を出す――コカチンにとっては何とも癪に障る存在であるパルム。そもそも彼が推薦したおかげでコカチンははるばる旅をする羽目になったわけですから、楽しかろうはずもありません。
 しかしそんなパルムという人物のことを、旅の中で、少しずつ彼女は理解していくことになります。

 そこにあるのは、美しい相互理解の姿ではあるのですが、しかしコカチンはパルムの主である王に嫁ぐ身。それでは――と、物語の結末についてはここでは述べませんが、おそらくほとんどの読者が予想し、期待していた形で終わるのは、歓迎すべきものであることは間違いありません。
 驚くのはこの結末も決してご都合主義ではなく、史実をベースとしていることですが――とはいえ、結びの言葉の半分がフィクションであることは、美しいファンタジーとして理解すべきものなのでしょう。


 ちなみに本作の表紙と挿絵を担当しているのは、児童文学やYAのイラストで活躍しているトミイマサコですが、これが必見の一言。緋色(オレンジ?)を主体とした表紙も素晴らしいのですが、各章の扉絵もまた印象的で、本書の魅力の一つとなっていることは間違いありません。


『コカチン 草原の姫、海原をゆく』(佐和みずえ 静山社) Amazon

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