栗城祥子『平賀源内の猫』 第10話「紅毛談と解体新書」
平賀源内と赤毛の少女・文緒、そして帯電体質の猫・エレキテルのトリオが活躍する時代漫画『平賀源内の猫』――現在はwebコミックとして発表中の本作、待望の最新エピソードが(新たな、美しい表紙で)発売されました。今回は誰もが知るあの書物がいよいよ登場することになるのですが……
不幸な過去を背負っていた文緒も、源内の家に住み込みで働くうちに江戸の暮らしにも慣れ、源内やエレキテルとの賑やかで楽しい毎日の中でずいぶんと元気になった様子。前話では、彼女の出生に何やら秘密があるらしいことが描かれましたが、今回はそちらからひとまず離れて、日本の医学史上に残る出来事が描かれることになります。
それは「ターヘル・アナトミア」の翻訳――源内の蘭学仲間としてこれまで物語にしばしば登場してきた杉田玄白・前野良沢・中川淳庵の面々が懸命に訳してきた「解体新書」が、ついに完成したのであります。
玄白や淳庵とともに、我がことのように喜ぶ源内ですが、一人良沢のみは、訳文に不満があると渋い顔。それどころか、最近大名や豪商と交わりがある玄白を俗物と非難、解体新書から外すとまで言い出したのですが……
作中で源内が語るように、この国の医学を大きく変えることとなった解体新書。しかしある意味始まりといえる、小塚原での腑分けの時から行動を共にしてきはずの玄白・良沢・淳庵の全員の名が、翻訳者として記されているわけではないのも史実であります。
その理由として、玄白と良沢の間で何らかの意見の違いがあったのではないか? というのはこれまでもフィクションの題材となってきましたが、本作においても、それが描かれることになります。いや描かれるのですが、それ実は――という、本作らしい捻りが加わったドラマが展開することになります。
その真相が明らかになるきっかけが、今回冒頭から何やら妙な動きを見せていたエレキテルの「遊び」で――というのも巧みなのですが、もう一つ感心させられるのは、そこに後藤梨春の『紅毛談』が絡められていることでしょう。
梨春が江戸参府のオランダ人から聞き書きしたオランダの風物を記したという『紅毛談』。作中で語られるようにエレキテルにも言及しており、日本最初の電気に言及した文献と言われていますが、幕府によって禁書とされた書物でもあります。その理由は諸説あるようですが――と、それを物語に絡めてくるのに驚かされます。
本作は以前から、他の作品ではなかなかお目にかかれないような史実を作中に、それも有機的に取り込み、時代ものとして厚みのある物語を描いてきました。私はまさにその点に強く惹かれるのですが、その期待は今回も裏切られることはなかったといえるでしょう。
(そして、本当に思わぬ形で明かされる良沢の真意がまた泣かせるのです)
ラストにはちょっと気になる語りがあり、この先の展開がいよいよ気になる本作。次のエピソードが早くも楽しみになります。
『平賀源内の猫』 第10話「紅毛談と解体新書」(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
関連記事
栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿
栗城祥子『平賀源内の猫』 第9話「カランスからの手紙」
| 固定リンク