夕木春央『絞首商會』 探偵は泥棒、犯人は秘密結社の後継人!?
新作の『方舟』が話題の夕木春央のデビュー作――第60回メフィスト賞を受賞した、何ともユニークな大正ミステリであります。自分の屋敷で不可解な状況で殺害された血液学研究の大家。背後には世界的な無政府主義結社が存在するというこの事件に挑むのは、かつてこの屋敷に盗みに入った泥棒!?
大正のある朝、自分の屋敷の敷地内で刺殺体が発見された血液学研究の大家・村山鼓堂博士。どこか別の場所で刺殺されたと思しく、所持していた鞄の中はべっとりと血で濡れ、中に入っていたはずの書類は一枚を残して失われている――そんな不可解な状況に、警察も首をひねるばかりであります。
同じ屋敷に暮らしていた水上女史と、近所に住む博士の友人である宇津木・白城・生島の四人は、数ヶ月前に亡くなった博士の親戚で屋敷の元の持ち主である村山梶太郎博士の書斎に手がかりがあるのではと考え、調べ始めるのですが――そこで大変な手紙を発見することになります。
世界中で頻発する無政府主義者のテロの背後にいるという秘密結社・絞首商會――梶太郎博士はそのメンバーであり、そしてかつて結社に加わっていた鼓堂博士は、結社を告発しようとしていたというのです。
結社は梶太郎博士に鼓堂博士の口を封じさせようとしていたものの、既に病で余命幾ばくもなかった梶太郎博士は、自分の身近な人物を後継人に任命、その使命を託していたというではありませんか。そして集まった四人は梶太郎博士にとっても身近な人物――つまり、四人の中に鼓堂博士殺害犯がいる!
おいそれと警察にも訴え出るわけにはいかないこの状況で水上女史は、ある人物に犯人探しを委ねることになります。それは泥棒――それもかつて村上邸から大金を盗んだ泥棒・蓮野であります。
別件で逮捕され、今は更生(?)したとはいえ、彼に探偵の真似事をする謂れはないはずですが――かつて彼が村山邸から盗んだ金が実は絞首商會の軍資金であり、その恨みで結社が彼の命を狙っているとわかったため、やむなく事件解決に臨むことになります。
かくて、探偵役として事件解決に乗り出した蓮野と、友人の画家・井口。しかし容疑者四人はそれぞれに怪しいところがあるにもかかわらず、妙に事件解決に熱心で……
東京で起きた殺人事件の背後に、世界的な秘密結社が潜み、しかも事件に挑むのは元泥棒という、何とも奇怪な内容の本作。しかもこの元泥棒の蓮野、帝大出身の美青年という身の上ながら、生来の人嫌いが昂じて定職を捨てて泥棒になったというのですから、これは確かにメフィスト賞向けのキャラクター(?)といえるかもしれません。
そして彼以外の登場人物も、容疑者の四名をはじめ、平凡に見えてどこか奇妙な部分を持つ曲者揃い。物語は様々な人物の視点から描かれますが、その大半を占める「私」――蓮野の友人である井口も、その立ち位置から来るイメージに反して、結構はっちゃけた活躍をするのが油断できません。
奇怪な事件に奇妙な人々――そんな変化球揃いの本作は、後半まで謎また謎の連続。はたして誰が絞首商會の後継人なのか、そして鼓堂博士の死を巡る不可解な状況の意味は――五里霧中に思われた謎が、驚きと共に一気に解き明かされる結末には、良質の本格ミステリならではの爽快感があります。
しかしこの物語そのものと並んで目を惹くのは、物語の中で、「探偵」という存在の意味が問いかけられる点であります。
探偵小説という言葉があるように、ミステリにおいて探偵がいるのはある意味当然に感じられます。しかし作中で蓮野たちが語るように、本来であれば犯罪捜査は警察が行うべきもの。探偵という存在は、本来不要といえば不要なのであります。
だとすれば、不要なはずの探偵は、いかなる時に必要となるのか。そしていかなる時に存在を許されるのか。そしてその役割はなんなのか? 本作のもう一つのキーワードと結びついた時にある人物が語る答えには、大いに驚かされるのですが――はたしてそれが真実なのか、そこにも捻りがあるのが、また本作の油断できないところであります。
ユニークでどこかすっとぼけた味わいの大正ミステリであると同時に、探偵という存在を、探偵が活躍するミステリというものを掘り下げてみせた本作。ジャンルというものに自覚的な作品が少なくない、やはりメフィスト賞に相応しい作品というべきでしょうか。
なお、本作は、作者の次の作品である『サーカスから来た執達吏』とは世界観を同じにする作品らしく、本作では井口のパトロンとして曲者ぶりを見せた晴海商事の社長が、こちらにも顔を見せています。
物語的には直接の繋がりはないのですが、ニヤリとさせられるサービスであります。
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