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2023.02.07

山田風太郎『室町少年倶楽部』 変わりゆく人々が描く室町魔界図絵

 最近はかなり一般的になってきた室町時代――というより応仁の乱ですが、室町伝奇の先駆者が描けばこうなります。無邪気な足利将軍家の後継者と幼馴染の少女、理想に燃える少年管領、少年たちを見守る娘――幼い頃の微笑ましい一ページが無惨に変貌していく様を描く、恐るべき物語であります。

 時は1445年、次代の将軍である足利三春丸は、御所の庭で日野家の姫・富子や弟で僧になった義尋と無邪気に遊ぶまだ十歳の少年。そんな彼をお忍びで町に連れ出した十六歳の少年管領・細川勝元は、懸命に働いている町人や百姓の姿を三春丸に見せ、彼らの幸せのために、二人でよい政治をしようと誓い合うのでした。

 一方、三春丸の侍女のお今は、二人が御所を抜け出したのを心配して追ってきたのですが――以前、彼女に恥をかかされたイセイセこと伊勢伊勢守貞親の遠縁の少年・伊勢新九郎が唆したならず者たちに襲われることになります。
 彼女を救わんとする三春丸と勝元ですが、年若い二人では力及ばず、窮地に陥った時に通りかかったのは、豪傑・山名宗全の一党。たちまちならず者たちを蹴散らした宗全と、三春丸、勝元は意気投合して明るい笑い声を響かせるのでした。


 と、まさに往年の「少年倶楽部」に掲載された少年向け時代小説のように、ですます調で明朗快活な物語が冒頭から展開していくのに驚かされる本作。しかしこれは「人間・序ノ章」と題された序章――続く「人間・破ノ章」では(普通の文体となって)その四年後から物語は始まり、最終章である「人間・狂ノ章」に雪崩込んでいくことになります。

 三春丸(足利義政)、日野富子、細川勝元、山名宗全、義尋、お今(今参局)、伊勢新九郎――この物語に、この序章に登場するのは、お今と伊勢新九郎を除けば、いずれも応仁の乱のA級戦犯というべき面々。破ノ章以降は、この一つの時代を終わらせ、未曾有の戦乱の時代を招いた乱に向けて物語は進んでいくことになります。
 そこで描かれるのは、基本的に史実に沿った内容ですが――しかしそれを描くのが山田風太郎なのですから、その
切れ味は言うまでもありません。人間の営みの愚かしさ、残酷さ、そして皮肉さ――それを容赦なく盛り込んで描かれる物語は、全く笑い事ではないにもかかわらず、時に奇妙な喜劇性すら感じさせるのです(特に宗全周りのエピソードは基本的にどこか可笑しい)。

 しかし本作が強烈な印象を残すのは、言うまでもなくその序章――「少年倶楽部」の部分があるからこそであることは、いうまでもありません。
 作中で「「人がいかに変わるものか」という主題で、花の御所をめぐる一群の人をえらんで観察している」と語る作者。なるほど、我々読者も作中の登場人物のような経験をすることはまずないかとは思いますが、しかし作中で勝元の胸をよぎる「ああ、人は変わるものだ。……」という慨嘆に似た想いを抱いたことがない方は少ないでしょう。

 そんな苦い想いを通じて、本作は我々の心の中と、複雑怪奇な室町の魔界図絵を接続させてみせるのですが――それだけでなく、物語の中心人物である義政をして、「みなのやっていることは、何もかも子供の遊びのように見えるがな」「やっていることに何の意味もない。やったことも何もあとに残らない、という点でな」と言わせてしまう凄まじさには息を呑みます。
 そしてそこからさらに、乱の最中に義政が行った、あの悪名高い行動の理由に繋げてみせるのを何と評すべきでしょうか。

 作者の作品の中では一見地味なようでいて、凄まじい毒を秘めた作品であります。


 なお、文春文庫の同名書では、ほかに『室町の大予言』を併録しています。こちらは、これまた悪名高い足利義教が誕生するくじ引きの場面から始まり、鍋かぶり日親が語る「大予言」をなぞるように展開する、悪夢のような「万人恐怖」の世界を描く物語であります。

 実は本作、義教の描写におや? と思っていれば、すぐに気付かされるように、ある因縁を通じて、彼を後世のある人物・ある大事件に重ねてみせるという趣向の作品。山田風太郎には同様の趣向の作品が幾つかありますが、それらと同様、よくぞここまで――という二重写しの世界に驚かされる物語です。

 が、正直なところそれだけに結末が読めてしまう(いや、こちらも歴史上の大事件に繋がるのは明白なのですが)のが残念なところではあります。特にオチに当たる部分はちょっと予想がついてしまう、というよりここから逆算したのではと思ってしまった――というのは、これはひねくれた読者の感想ではありますが……


『室町少年倶楽部』(山田風太郎 文春文庫ほか) Amazon

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