藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第3巻 奇妙な即席コンビと、新たな奇人の登場と
フランケンシュタインの怪物の生みの親であるメアリー・シェリーが、実際に怪物娘・エルシィを教育することになるという奇想天外な物語の第三巻であります。厳格な義父とともに外出したところを追い剥ぎたちの襲撃を受けたメアリー。彼女たちを救うのは、エルシィともう一人……
かつて『フランケンシュタイン』を著し、今は大学生の一人息子のために懸命に生きるメアリーに近衛兵から舞い込んだ依頼――それはコサックの暗殺集団の一人の肉体と、田舎娘の頭を繋いだという、まさにフランケンシュタインの怪物そのままの怪物娘・エルシィを、舞踏会に出席できるよう教育することでした。
折り合いの悪い亡夫の父、サー・ティモシーの屋敷の一角を借りて、エルシィの教育に当たるメアリー。しかしかつての肉体はともかく、頭の方は淑女とは程遠いエルシィの教育には悪戦苦闘するばかりであります。
そんなある日、サー・ティモシーとともに馬車で外出したメアリーですが、馬車を襲撃してきたのはハイウェイマン(追い剥ぎ)の群れ。二人の危機を察知して駆けつけたのはエルシィと――メアリーの息子・パーシー。スピードと技のエルシィと、頑丈さと力のパーシー、対照的な二人は奇妙な即席コンビを結成、敵を蹴散らして、馬車に向かうのですが……
というわけでこの巻の前半で描かれるのは、エルシィそして前巻の終盤に登場したパーシーによる大活劇。エルシィのアクションはもちろんのこと、パーシーの思わぬ奮闘ぶり(さすがバネ足ジャック相手に一歩も退かなかった男)は実に痛快、これで強権的なサー・ティモシーの態度も少しずつではありますが和らいで――というのも定番ではありますが、それまでメアリーが可哀想なほどに萎縮していただけに、スッキリしたのは間違いありません。
特にパーシーの紳士ぶり、好青年ぶりはちょっと類を見ないほどで、基本的に登場する男たちがほとんどゲスか強圧的だった本作においては、奇跡的な存在とすらいえます。もう一歩間違えれば母の存在を食いかねないほどの存在感で、この後のエルシィのダンス修行でもその好青年ぶりは変わらず、この先の活躍にも期待が高まります。
しかしその一方で、物語の本筋の方も、遂に動き出すことになります。そもそもの物語の始まりである、奇怪な女暗殺者集団〈7人の姉妹〉。その隊長であり、今はエルシィの身体となっている〈諦め〉が欠員となったいま、補充の一人〈渇き〉が独断で動き出したのであります。
〈諦め〉に対して憧れに似た想いを抱いていたことが窺える〈渇き〉の目に、エルシィがどのように映っているかは想像に難くありませんが――これまでのゴロツキやならず者相手には無敵であったエルシィには初めての強敵というべきでしょう。(そしてここでまたもやスペシャルゲストが……)
さて、メアリーとエルシィを中心にその輪を広げてきた登場人物たちの運命は、ダッジモント家の屋敷で行われる舞踏会にて交錯することとなるようですが――この巻ではまだそこまでは至りません。しかしその前にもう一人、新たな、そしてとんでもない大物が、物語に登場することになります。
その名はラヴレス伯爵夫人ことエイダ・ラヴレス! かのバイロン卿の娘にして数学者、そして階差機関の生みの親の一人というべき女性であります。(史実でもメアリーの親友であった彼女の存在を忘れていたのは我ながら不覚でした)
馬車の中でも階差機関をいじっているという、いきなりインパクトのある登場をしてのけただけでなく、その後の言動もエキセントリックな奇人である彼女もまた、この物語の登場人物に相応しい存在であることは間違いありませんが――同時に彼女は、メアリーのある意味対極の存在として、ある現実を突きつけることになります。
それはメアリーに欠けていたものであると同時に、彼女のある種の甘さを剔抉するもの。そのあまりに容赦ない態度には、もう少し手加減しても――と思わず気の毒になってしまうのですが、しかしそれが真実であることもまた否めません。
エルシィの舞踏会修行での、「貴婦人しぐさ」教授など、ギャグとして面白かったと同時に、はたしてメアリー自身がこうした価値観を内面化させるような教育をしてよいのか、と疑問符がつくものだっただけに……
さて、結局今回もメアリーは曇り顔になってしまったわけですが、はたしてこの先、彼女が晴れ晴れと自分自身の価値を認めることができるのか。いやその前に、波乱の予感しかない舞踏会で何が起こるのか。
どうやらそれなりに長い作品となりそうなだけに、こちらも腰を据えて見届ける必要がありそうです。
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