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2023.03.03

矢野日菜子『風の槍』第2巻 平八郎、槍を交えぬ初陣での活躍

 徳川家康に仕えた最強の武将・本多平八郎忠勝を主人公に据えた時代漫画の第二巻であります。ついに初陣を飾った平八郎ですが、その役割は兵糧を運ぶ荷駄隊の警護。その向かう先は最前線、そして戦う相手は織田軍――しかしその先に、予想もしなかった大波乱が待ち受けます。

 自分がまだ赤子の頃に命を落とした父の跡を継ぎ、本多家を背負うことになった平八郎。幼い頃から並外れた力を見せる彼は、槍の名手・血槍九郎こと長坂九郎から槍を学び、頭角を現していくことになります。
 父のように命を落とすことなく、生きて忠義を貫くことを目指す平八郎は、松平元康の近習となり、今川家と織田家の合戦で初陣を迎えることに……

 というわけで、ついに描かれる平八郎の初陣ですが、その場は、今川家と織田家がぶつかり合う最前線。しかも松平家に課せられたのは、敵の砦に囲まれた大高城に兵糧を運ぶという任務であります。そこで兵糧を運ぶ荷駄隊の警護を任された平八郎ですが、警護も何も、敵陣を突破しなくては先に進むこともできません。
 この難題を如何に果たすか? というところで、本作では大いに頼りになる元康の謀が冴え、大高城の前を塞ぐ丸根砦の兵を減らすことに成功。一方、平八郎の方も、ある事実に気付いたことから、敵の斥候に気付き――と、その力を発揮することになります。

 ちなみにこの丸根砦を守る佐久間盛重は、顔の真ん中に見るも無惨な刀傷の残る猛将。しかしその刀傷そのもの以上に、その傷を自ら広げたというエピソード自体が強烈な印象を残すのですが――(史実とはいえ)あっという間に退場してしまうのが惜しいところ。
 あるいはこの己で己を傷つけた盛重の存在は、生涯傷一つ受けなかったという平八郎とは、ある意味対照的存在と言うべきなのかもしれません。

 閑話休題、兵糧輸送の任を達成し、丸根砦も陥とした松平軍ですが、その先に何が待っているのか――知らない方はいないでしょう。そう、織田信長が桶狭間の今川義元に奇襲を仕掛け、その首を取った、戦国史に残る大逆転劇であります。
 しかし織田の大逆転ということは、今川方に属する松平にとっては一転窮地ということ。織田に追われ、落ち武者狩りの農民に追われ――逃亡者となった松平軍の窮地に、平八郎は「風」を感じて……


 と、本作のタイトルの一部であり、キーワードである「風」を織り込みつつも、物語は展開していくことになります。

 剛勇をもって知られる平八郎ながら、その初陣では敵と槍を交える場もなかった――しかしそんな中でも平八郎の活躍を描き、同時に史実の流れを丁寧に追ってみせるのには、好感が持てます。
 とはいえ、ここでの平八郎はかなり優等生に見えてしまうのも事実で、鍾馗を超えると息巻いていた前巻での姿に比べると、いささかおとなしく見えてしまうのが、残念に感じられまるところです。
(さらに厳しいことをいえば、本作ならではの味わいが薄いとも……)

 もっとも、この巻のラストで待ち受ける相手は、お行儀のよさなど通じない破天荒な相手――織田信長であります。今川と手を切り、織田と手を結ぼうとする元康ですが、はたして信長側の対応はどうなのか。そもそも、信長の下にたどり着くまでに無事ではすまない雰囲気ですが、そこでいよいよ平八郎が本領を発揮するのか……
 そろそろ平八郎の一暴れを見たいところでもあります。


 なお、少なくともこれまでのところでは最前線で戦う(ことを目指す)武人として描かれ、政治的な動きやその結果とは距離をおいている平八郎ですが――しかし今川との手切れによって、かつて彼もよく見知った家臣の家族が処刑されたとを知るくだりは、彼が大きな動きとは無縁ではいられないことを示すものとして、印象に残ります。


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