東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻 兵四郎先生、女剣会に関わる!?
毎月単行本発売で嬉しくもちょっと心配になる漫画版『警視庁草紙』、第八巻は前巻から始まった「残月剣士伝」編が思わぬ方向に展開していくことになります。そして後半には、落合芳幾と月岡芳年を主人公とした外伝「異聞・浮世絵草子」が収録されております。
明治の世に入り、かつての剣客たちが無聊をかこつ中、榊原鍵吉を中心に始まった剣戟興行「撃剣会」。本物の迫力に大いに人気を博したこの撃剣会ですが、川路大警視の下、精鋭たちを集めた警視隊を組織せんとしている警視庁にとっては目の上のたんこぶであります。
そんな中、藤田巡査の前に現れたのは、かつて芹沢鴨の取り巻きであった平間重助。警視庁に取り入ろうとする彼は、撃剣会潰しの秘策があると言うのですが……
そんなわけで思わぬところで警視庁が動き出すこととなった激剣会興行ですが、ここで平間が出したアイディアとは、ライバル興行を作りだすこと――それも、撃剣会が男と男がぶつかり合う戦いの場だとすれば、こちらは美女と美女がぶつかり合うお色気の場「女剣会」。
実にしょうもない流派名を名乗った美女たちがぶつかり合い、ダウンしてはあられもない姿を見せる――よくぞまあこんなことをと思いますが、これが世の助平男どもを中心に、大人気を博すことになります。
しかしまことに意外なことに、兵四郎はこの女剣会に深く関わっていくことになります。実はここに出場する女武芸者たちは、いずれも旧幕臣の縁者たち。そしてその中に、かつて講武所で共に汗を流した友の妹がいることを知った兵四郎は、彼女たちの武芸教師となることに……
と、兵四郎や藤田の回想などが多く含まれていたものの、基本的に原作を踏まえて描かれてきたこの「残月剣士伝」は、ここで大きなオリジナル展開を見せるわけですが――なるほど、原作ではほとんど傍観者であった兵四郎を、この形で絡ませてくるか! と驚きつつも納得の展開であります。
(一応原作でも、女剣会には元武士の縁者も含まれているらしい、という設定ではありましたが)
そういえばその昔、七人の女人に武芸を仕込んだお侍さんもいたなあ、と何となく微笑ましい気分になりますが、しかし問題は、この女剣会の背後では、警視庁が糸を引いていること。それに気づかずに武芸指南を買って出てしまうのも兵四郎らしいといえばらしいところですが、しかし彼にとっては心穏やかではないことは間違いありません。
一方、女剣会に押されて閑古鳥が鳴く撃剣会の側には、曰く有りげな二人の雲水が出現。明らかにただものではない二人のうち一人は、鴉を連れていて……
と、盛り上がってきたところですが、この巻では本編は全体の半分辺りまでの収録。後半は、三菱一号館美術館で二月から開催中の「芳幾・芳年――国芳門下の2大ライバル 」展とタイアップしての外伝「異聞・浮世絵草子 芳幾と芳年」全三話が収録されています。
今なお人気の高い歌川国芳の弟子として、江戸から明治に時代が移り変わる中、数々の作品を残した落合芳幾と月岡芳年――ある意味対象的な二人の生き様が描かれることになります。
物語の始まりは上野戦争の終結直後――友たちの後を追って駆けつけたものの、既にその場にいるのは無惨な負傷者たちと死者たちのみであった兵四郎。そこで彼は、一心不乱に絵筆を走らせる芳年と出会うことになります。
既に師の国芳亡く、時代が大きく移り変わる中で、自分の道を求めてもがく芳年。それは兄弟子でありライバルである芳幾も変わりません。芳幾が錦絵新聞といった新たなメディアに挑戦する一方で、芳年は西洋画の衝撃に打ちのめされ、廃人同様に……
『警視庁草紙』本編の登場人物は冒頭等の兵四郎と、途中で登場する加治木と油戸のみ。内容的にも伝奇ではなく伝記であって、芳年と芳幾の評伝的印象が強くあります。
もちろん、だからといってつまらないというわけではなく、ケレン味十分の展開に乗せて、明治という大きな時代の動きの陰で懸命に生きる者たちの姿を描くのは、なるほど『警視庁草紙』の流れを汲むといってもよいのかもしれません。
とはいえ、(これはもう本当に仕方ないのですが)個人的には西南戦争の先の時代を描くのはちょっとな――と感じるのですが、それはまあ原作読者の勝手な感慨ではあります。
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